「くそっ、今日は最悪の日だ。」
あたるは、頬に平手打ちの跡を付けてぶつぶつ呟きながら、街路樹の並ぶ通りを1人歩いていた。
「今日はバレンタインデーだとゆーのに、まだチョコを1つももらってないし。」
しのぶも蘭ちゃんも竜ちゃんもサクラさんも誰もくれなかった。
クラスの女子に声をかけたが全滅だった。
「義理チョコくらいくれてもいいじゃないか。」
わずかな望みをかけて、町でガールハント並びにチョコハントに励んでみたが、当然戦果は無し。
「くそっ、ガールハントの帝王の名がすたるぜ。」
このまま家に帰ったら今日という一日が終わってしまいそうで、おのずと遠回りしてしまう。
「一個ぐらい…。」
何故だ。
今日一日一緒の教室にいて、何故あいつは何もよこさんのだ。
あいつの辛い料理をいつも拒否するからか。
そんなの当たり前だ。俺は命が惜しい。
俺が請求しなかったからか。
そんな恥ずかしい真似をこの俺ができるか。
しのぶや竜ちゃんに声をかけたときは怒ったくせに、肝心なことを何故言わなかった。
「…あ、まさか家で何かしでかすつもりか。」
以前、バレンタインデーの翌朝、目覚めたら部屋に大量のチョコがあって、びっくりしたことがあった。
そんな余計なことせんでも、みんなの前で堂々と渡してほしい。
面堂をはじめとする男どもの悔しがる顔を、俺は見たいのだ。
「…ラムのあほ。」
「ダーリン、来たっちゃ…!」
大きな街路樹の影に身を隠して、ラムは向こうから歩いてくるあたるを見ていた。
手にはきれいにラッピングされた四角い包みを持っている。
「みんなの前で渡すとダーリンが恥ずかしがって受け取ってくれないかもしれないから、」
しのぶの読んでいた雑誌を借りて作戦を立てた。
どんな風に渡したらダーリンが素直にチョコレートを受け取ってくれるか。
放課後、2人きり、外、…。
「ん? ダーリンったらまたガールハントしてたっちゃね…!」
徐々に近づいてくるあたるの顔に平手の跡が見えた。
ラムの角の先にバチッと電気の火花が飛び散る。
「お、落ち着くっちゃ…。ここで怒ったら台無しだっちゃ。」
自分に言い聞かせて、怒りと電撃を抑えた。
「ダーリン、今年こそ受け取ってくれるっちゃ。」
頬が赤くなるのは、きっと寒さのせいだけじゃない。
「もう少し、あと少し…。」
今すぐここから飛び出して、抱きつきたい気持ちを我慢して、あたるがすぐ側まで歩いてくるのを待つ。
今年のバレンタイデーまで、あと5秒。
|