2月14日木曜日。バレンタインデー。
この日の生徒達の話題は決まっていた。
「おっはよー。」
「ねぇ、いくつあげる?」
「あたし、めぼしい男子にはどんどん配るわよぉ。」
「景気いいのね〜。」
「来月があるからね〜♪」
突然女の子たちの会話に割って入ってくる男があった。
「ねぇねぇボクのチョコ、ある〜?」
馴れ馴れしく女の子たちの肩に手を回す。
「きゃあ!何よ、突然!」
ばしっと平手打ちの音が響いた。
「あ、明菜ちゃん、おっはよぉ〜♪」
次の女の子の元へ忙しく向かう。
「あのアホ…朝っぱらからようやるわ。」
「おい、あたる!お前いい加減にしとけよーっ!」
「アホ面さげて、みっともないぞ!」
悪友の罵声に、あたるがむっとして振り向いた。
「誰がアホ面じゃっ!!」
「貴様に決まっとる。」
聞き覚えのある気障な声がする。
「面堂…。ちっ、何で朝っぱらからむさくるしい男達を見にゃならんのだ。」
「お前に言われたくないっ!」
カクガリ、パーマ、チビが揃ってあたるを指指し、叫んだ。
「ところであたる、ラムさんの姿が見えないが?」
メガネが尋ねた。
「ん?あぁ、ラムなら昨夜はUFOに帰ったから、今朝は会っとらん。」
さらりと答えるあたる。
「昨夜はUFOに…。」
あたるの言葉を面堂は苦々しげに反芻した。
「ラムさん、きっとあたるに渡すチョコを用意してたんだろうなぁ〜。」
「くっそ〜、ラムさんもこんなアホのどこがよくて…。」
「全く。知性も教養も微塵もなく、地位も名誉も財産もなく、美貌も理性もない。
こんな奴のどこが…」
「えーーいっ!好き勝手言いおってーーっ!」
あたるはどこから取り出したのか巨大なハンマーを振り上げたが、
ふぅっとため息をついてゆっくりと地面に下ろした。
「まぁ、何とでも言いたまえ。」
両肩をすぼめて、嫌味たっぷりに言い放った。
「ラムはこの俺に惚れとるんだからな。」
あたるのその態度に、面堂やメガネたちはぎりぎりと歯ぎしりするしかなかった。


あたる達が教室に入ると、
「きゃーーーーっ!おはよーーーうっ!」
女生徒達がどどっと駆け寄ってきた。
「な、何だ何だ〜?!」
目を白黒させるメガネ以下4人組。
「うわ〜い、みんなおっはっよぉ〜v」
両手を大きく広げ、受け入れ態勢万全のあたる。
とたん、
「あんたに用はないわよっ!」
「どけっ!」
ばきっ!どかっ!ぐしゃ!
あたるを踏みつぶして、女の子達は面堂の元へ。
「面堂さん、はい、これ!」
「受け取って下さる…?」
「昨夜徹夜して作ったの!絶対食べて下さいね!」
面堂は慣れた様子で次々とチョコレートやプレゼントを受け取った。
「やぁ皆さん、ありがとう。
この面堂終太郎、皆さんの真心しっかと受け取りました。」
チョコレートやプレゼントを山のように抱えた面堂が、
「おーっと…。」
わざとらしくよろめいた。
「ぐえっ!」
カエルを踏み潰したような声が面堂の足元から聞こえた。
「おやぁ諸星君、そんな所にいたのかい?」
「うるせえ!さっさとどけ、このタコ!!」
あたるの言葉に、面堂は無言で刀の柄に手をかけた。
そのとき、
「みんな、おはよーだっちゃ!」
校舎側の窓の方から聞こえてくる明るい声。
眩しい朝の光を背にふわりと教室に降り立ったのは、ラムである。
「ラムさん、おはようございます。」
「終太郎、おはようだっちゃ!」
「ラムちゃん、おはよー!」
「チビさんも、おはよーだっちゃ!」
にこやかにみんなとあいさつを交わす。
「ダーリンはもう来てるっちゃ?」
ラムが教室を軽く見回して聞いた。
「さぁ、僕達はまだ会ってませんが?」
「うん。」
さっきの恨みか、メガネたちはしらじらしく答える。
「ふーん…。」
ラムは自分の席に向かう。
すると面堂たちの足元に人影が横たわっているのに気づいた。
「あ、ダーリン!そんな所で何してるっちゃ?」
…もっともな問いである。
あたるは黙ったまますっくと立ち上がって、制服のほこりを払った。
そしてわざとらしく咳払いを1つ。
「別に何も。」
それから何気に、ラムに対して斜め45度の角度で立った。
「??何だっちゃ、ダーリン?」
「…いや、別に。」
右手でさっと髪をかきあげながら、くるっとラムに背を向ける。
「1時間目は…っと、英語か。
今日は名簿番号何番の奴が当たるのやらー…。」
「今日は14日だから、きっと14番の人が当たるっちゃね。」
「あー、そうそう14日ね、14日っとー…。」
「ダーリン。」
自分を呼ぶその声に、
「ん?何だ?」
妙に芝居がかった返事をして、あたるはくるりとラムの方を振り向いた。
「はい。」
にこっと微笑んでラムが差し出したのは、
「…何だ、このノートは?」
「英語のノート。ダーリン、席順でいくと当たる可能性高いっちゃよ。」
「余計なお世話じゃっ!」
あたるは顔を赤くして怒鳴ると、ラムのノートをひったくって自分の席へ向かってしまった。
「あん、ダーリン、待って!」
ラムが慌ててあたるの後を追った。
「ダーリン、朝から機嫌悪いっちゃ。」
「知るか!」
あたるが何に腹を立てているのか分からず、ラムは不思議そうにあたるを見る。
「ところでダーリン。」
「何だよ!」
まだ怒っている様子のあたるに、一呼吸おいてから、ラムははにかんで告げた。
「今日の放課後、校舎裏に来てほしいっちゃ。」
「え?」
「渡したい物があるっちゃ…。」
ぽっと頬を赤らめて小声で言う。
「ね、ダーリン、きっと来てね!」
「あ、あぁ…。」
キーンコーンカーンコーン…
そこでちょうど始業の鐘が鳴ったので、ラムは自分の席に着いた。
「放課後って…。」
何やらまだ不満げに、あたるは1人呟いた。


教室中にほのかに漂う甘い香りに、その日は授業にならなかった。
放課の度に女生徒に呼び出される面堂や竜之介を、羨ましそうに眺める他の男子生徒たち。
あたるはしつこく大勢の女の子たちにモーションをかける。
ラムもいつも通りそんなあたるに電撃を浴びせた。
しかし、いつになってもラムはあたるにチョコレートを渡す気配を見せないので、
気になって仕方のないメガネらはとうとうラムに尋ねた。
「あのー…ラムさん?」
「何だっちゃ、メガネさん?」
「つかぬことをお聞きしますが、ラムさんはチョコレートなんて…」
「もっちろん、ダーリンにあげるっちゃ!」
「あ、そうですか…ですよねー!あははははは…」
ひきつった笑いを浮かべるメガネ。
聞くんじゃなかったとばかりにがっくりと肩を落とした。
ラムの幸せそうな笑顔がまた悲しかった。
あたるは女の子たちの蹴りをくらいつつも、ラムの言葉を聞いていた。
「くれるんならさっさとよこせっつーの。」
心の中で独り言を言う。
「そしたら面堂たちの鼻を明かしてやれるのに。」


2人とも落ち着かないまま、放課後を迎えた。
ラムは校舎裏の大きなくすの木の下に立って、1人あたるを待っていた。
後ろに回した手には白地に薄い水色のチェックの紙袋。
中にはきれいにラッピングされた贈り物が入っている。
「るんちゃっちゃ〜、るんちゃっちゃ〜♪」
空を見上げる。
いい天気だ。
「ダーリン早く来ないかなぁ。」
時計を見ると、自分がここに来てから20分は過ぎていた。
再び空を見上げる。
「ダーリン…。」
目を閉じて深呼吸した。


「おい、ラム。」
「ダーリン!!」
校舎の向こうからあたるが姿を現した。
「何だよ、わざわざこんな所に呼び出して。」
「うん、ダーリンに渡したい物があって…。」
お互いに何のことだか分かりきっているのに、何故だか妙な空気が漂う。
ラムがゆっくりと宙を舞って、あたるの前に降り立った。
いつもよりしおらしいラムの様子に、あたるは内心どきどきしていた。
だが、そんなことはおくびにも出さない。
黙ってラムの次の行動を待つ。
「あのぉー…、これ!」
勢いよく取り出した包みをあたるの前に差し出した。
「い、一生懸命作りましたっちゃです!」
緊張のせいでうまくしゃべることができなくて、
ラムは真っ赤になってうつむいた。


対するあたるは、ぎこちないラムの態度に気おされていた。
(何今更真っ赤になってるんだ、こいつ。いつものように堂々と渡せばいいのに。)
それでも。
真っ赤な顔で下を向いたままチョコレートであろう包みを差し出すラムが、
小刻みに震えるその両手が、ちょっとかわいいと思ったから。
「…さんきゅー…。」
小声で言ってから、ラムの手からそっと箱を取った。
「あ…」
滅多に聞くことのないあたるの優しげな声と、
両手がふと軽くなったのとで、
ラムはぎゅっと閉じていた目を開け、顔を上げた。
「開けてもいいか?」
「も、もちろんだっちゃ!」
あたるは片手で器用にリボンを解いて包みを取り去ると、箱のふたを開けた。
ハート型のチョコレートケーキ、チョコレートの薔薇の花、白く輝くパウダーシュガー。
甘い香りが鼻をくすぐる。
「へー、本当にお前が作ったのか?」
「だっちゃ!」


どう?
うち、頑張ったでしょ?


ラムは両手を胸の前でぎゅっと握って、あたるの表情をじっと見つめている。
「どうせ蘭ちゃんにでも教わったんだろー。」
「ううん、違うっちゃ。ランちゃんには教わってないっちゃ。」


本当だもん。
うち、嘘ついてないもん。
…ランちゃんじゃなくて、しのぶだもん。


「ね、ダーリン、ちょっとでいいから食べてみてほしいっちゃ!」
「い゛っ?!」
ラムの言葉に、あたるがすっとんきょうな声を上げた。
「何だっちゃ、その嫌そうな顔は?!」
「い、いや、その…」
いくら見た目が豪華でも味の保証はない。
それにこの場合、命の保証もない。
あたるは後ずさりした。
「ダーリン!このケーキならずぇーったいにダーリンの口に合うっちゃ!
ね、お願いだから食べてほしいっちゃ!」
あたるは青ざめた顔で首を横に振る。
「変なものなんて入ってないっちゃ!
うちが愛情こめて作ったケーキだっちゃ!
だから食べて!」
「嫌だ!」
あくまで拒否するあたる。
「ダーリン…」
業を煮やしたラムはつかつかとあたるの眼前まで行き、
ケーキの一部を掴み取ってあたるの口に押し込んだ。
「どうだっちゃ?!変な薬の味でもするけ?!」
「うがあぁぁぁぁ…あ…あぁ??」
「ダーリン?」
「…甘い。」
「ダーリン!」
「何だ、うまいじゃないか。」
「ホ、ホントだっちゃ?!」
「あぁ、うまいうまい。
すごいじゃないか、ラム。」
あたるは残りのケーキも手づかみでぱくぱく食べ始めた。
ラムはぼんやりとその様子を見ていた。


「あぁ、うまかった!
お前、いつの間に地球人に合う食い物を作れるようになったんだ?」
「ダーリンに喜んでもらいたくて、一生懸命作ったから…。」
そう言ってラムは微笑んだ。
「…おい、ラム…お前…」
あたるはラムの顔を見てぎょっとした。
「何だっちゃ、ダーリン?」
「お前、何で泣いてるんだよ?」
「え…」
そう言われて初めて気づいて、ラムは頬を流れる一筋の涙を慌ててぬぐった。
「あ、えと、嬉しくって!」
ラムはまたぐいっと涙をぬぐった。
「嬉しいって…」
あたるが言おうとすると、
「初めてダーリンにうちの作ったものをおいしいって言ってもらえたから!
だから、うれし泣きだっちゃ!」


止まらない。
どうしても涙が止まらない。


「嬉しいんだっちゃ、うち、うれし泣きしてるっちゃ。」


どうしよう、止まらない。
ダーリンがヘンな表情でうちのこと見てる。
せっかく言ってくれたのに。
うまいって。すごいって。
誉めてくれたのに。
もっと喜んでもらいたいのに。


「…じゃあ何で」
あたるが口を開いた。
「何でそんな悲しそうに泣いてんだよ。」


ラムが泣き止むまで、あたるは校舎の壁にもたれて待っていた。
こういうとき、黙って優しく抱きしめてやれればいいんだろうなぁと
ぼんやり考えながら。
ラムはとにかく涙を止めようとその場に立ったまま頬をぬぐい、目をこすった。
それからしばらくして、ようやく涙が出なくなったので、あたるの方にふんわりと飛んでいった。
「ダーリン。」
「何だ。」
「これ…」
遠慮がちにラムが差し出した物は、さっきと同じ包み。
「何だ? さっきもらったじゃないか。」
「これも、食べてほしいっちゃ。」
うつむいて箱を差し出した。
「……?」
あたるは黙ってその包みを受け取ると、さっきと同じように包みを取り去って箱のふたを開けた。
出てきたのはやはり同じチョコレートケーキだ。
「さっきと一緒じゃないか。」
「ダーリン、食べて!」
ラムが顔を上げた。
さっきより真剣な表情。
あたるはまたもや気おされて、しぶしぶ一口そのケーキを食べた。
途端、
「うげっ、何だ、これ?!」
あたるが大声を上げた。
「ダーリン…」
「甘っ、いやしょっぱい…と、とにかくまずいっ!」
あたるはぺっぺっと口の中に残ったものを吐いた。
「やっぱりおいしくないっちゃ…?」
震えるようなラムの声が聞こえ、あたるははっとした。
しまった、また泣くか?!
「あ、あのな、ラムっ…」
焦って見たラムの顔は       


笑っていた。


「へへ、やっぱりおいしくないんだ。
ごめんちゃ、ダーリン。」
「ラム、このケーキ…」
「うち、嘘ついたっちゃ!
それが本当にうちが1人で作ったケーキだっちゃ!
何とかダーリンの好きな味になるよーにって、
砂糖とか塩とかみりんとかワインとか、いろいろ使って味を調節してみたんだけど、
やっぱりだめだったっちゃ。」
べらべらと1人でしゃべり続ける。
「やっぱり地球人とは味覚が違うのかなー。
昨夜いろいろ試してみたんだけど、なかなかうちには分からなくて。
ダーリンたちがおいしいって思う味が。
テンちゃんにも味見してもらったんだけど、とりあえず辛くはなさそうだったから、
これならもしかしたらダーリンも…って思って。」
話し続ける内に、笑顔がだんだん崩れてくる。
「しのぶが作ったんだろ?」
「…え?!」
突然のあたるの物言いに、ラムの話が止まった。
「1個目のケーキ、あれ、しのぶが作ったんだろ。」
「…分かる…のけ?」
呆然とあたるを見た。
あたるは壁にもたれたまま返事をする。
「そりゃ、まぁ…前に同じようなヤツ食ったことあるし…。」
「…そう…ばれてたっちゃね。」
ラムの笑顔が消えた。
「あ、でも、1個目のもうちが作ったっちゃ!
でも作り方とか、調味料の分量とかは…」
だんだん声が小さくなる。
「味は…しのぶが…」
それ以上言うのが悔しくて、ラムは言葉を切った。


少しの沈黙の後。
「でも、まぁ、食えんことはない。」
「え?」
あたるは2個目のケーキを一口食べて、言った。
「とりあえず辛くて死ぬようなことはないわな。」
顔だけラムの方に向けて、
「まずいけどな。」
と笑う。
そして言葉を続けた。


「まぁ、お前らしくていいんじゃないのか。」


ラムは何も言い返すことができないまま、あたるに抱きついた。





もう辺りは暗くなっていた。
あたるとラムは家に向かって歩いている。
ラムはご機嫌で、すたすたと歩くあたるの隣を鼻歌を歌いながら舞っていた。
「ダ〜リン、うち、今度こそダーリンがおいしいって言ってくれそうなもの
作ってみせるっちゃ!」
「お前の作るものなんぞ食えたものではないわい。」
「そんなことないっちゃ!
うちがたーっぷり愛情をこめて作ったら、きっとおいしいっちゃ!」
「無理だっちゅーに。」
「無理じゃないっちゃよーだ!」
呆れ顔のあたるとにこにこと笑うラム。


2人の頭上で星が1つ光った。
冬の冷たく澄んだ空気の中で、いつまでもきらきらと輝いていた。



(終)

今まで自分が書いたゲロ甘話の中でも、ナンバーワンに輝くゲロ甘っぷりだと思います。
この話はカウンタ25,000ヒットを踏んで下さったとーますさんに捧げます〜☆
ちなみにとーますさんから頂いたお題は「順調に彼と交際中(笑)のラムが、
どんな時に彼がかけがえのない存在であることを再確認するのか、とか
彼のどんな仕草に興奮(←あのな!)とか、どんな行動に感動するのか、とか…。」でした!


戻る