1時間目、ラムが出席せずに保健室へ行ったことを、俺はしのぶの言葉で初めて知った。
…あいつ、まさかサクラさんに話してないだろうな。
気になって気になって、ラムに会いたくなくて、2時間目は俺もサボってしまった。


運動場の奥のほうに、芝生の斜面がある。
日当たりがよく、俺は時々そこでサボることにしていた。
今回も、この芝生で横になって、目を閉じてうたた寝していた。
…あいつ、しゃべったのかなぁ。
だったら最悪だ。
昨夜はあんな事があって余り眠れなかったので、だんだんと眠気が増してきて、
俺の意識は次第に遠のいていった。


「…リン、ダーリン。」
ラムの声が聞こえる。
答えたいけど、振り向きたいけど、また拒否されるのが不安で、どうしたらいいのか分からない。
「ダーリン、ダーリン…。」
なんだよ。
つっぱねたのは、お前の方じゃないか。
何でだよ。
もう訳わかんねぇよ。
そして声がしなくなって、目の前がふっと暗くなった。
ラムがいない。


「ラ…っ」
焦って目を開けると、ラムのアップが視界に飛び込んできた。
「うわっっっっ!!!」
びっくりした。
「ダーリン、起きたっちゃ?」
久しぶりにラムに会ったような気がする。
ラムは寝転んでいる俺の横にしゃがみ、屈みこんで俺を見ていた。
「何度も呼んだんだけど…。おどかしたみたいでごめんちゃ。」
ラムはぺろっと舌を出し、おどけて見せる。
屈んでいた上半身を起こし、俺の隣に膝を抱えて座りなおす。
「ダーリン、昨日はごめんちゃ。」
ラムの唐突な謝罪に、俺はまた驚かされた。
「は?」
今朝は少しもそんな様子はなかったじゃないか。
一体なんで急に?!
「何だよ、今更…、あっ!お前まさかっ!」
嫌な予感がする。
「まさか、サクラさんにしゃべったんじゃなかろうなっっ?!」
「えっ?!ち、違うっちゃ、ぜ〜ったい、しっゃべってないっちゃ!」
ラムは両手を振って否定する。明らかに焦っているその素振りに、俺の疑心は増すばかりだ。
じっとラムを睨む。
「ほ、本当だっちゃ!しゃべってないっちゃ!」
…本当か?
「それよりダーリン、昨日はうちが悪かったっちゃ。」
ラムが再び話を戻す。
「…いいよ、もう。」
ラムの顔から視線を逸らした。
何と言われようと、俺は聞く気にはなれない。
それでもラムは話し掛けてくる。
「うち、ダーリンの気持ち、全然考えてなかったっちゃ。自分の事だけ考えてて…。」
「もう、いいっちゅーに。馬鹿馬鹿しくて、付き合ってられん。」
「でも、うちは、やっぱりダーリンが好きだっちゃ。だから…。」
突然、ラムの両手が俺の顔をひっつかみ、強引に自分の方を向かせる。
「痛…っ、何するん…」
また腹が立ってきて、ラムを怒鳴りつけようとしたが、
ラムの柔らかい唇が俺の口を塞ぎ、言葉はそこで途切れた。
「…っ?!」
何だ何だ何だーーーっ?!
どさぁっ!!
そのままラムが俺の身体を突き倒し、俺は芝生の上に思いっきり倒れこんだ。
芝生とはいえ、後頭部を激しく打ち付け、頭がずきずきと痛い。
倒れた拍子に、2人の唇が離れた。
「って〜…。何しやがるっ!」
「何って、昨夜の続きだっちゃ。」
「何ぃーーーーっ?!」
わ、訳が分からん…(汗)。
ますます頭がくらくらしてきた。
そんな俺の様子などおかまいなしに、俺の上に覆い被さったラムが、口づけを再開する。
「ラムっ、ちょっと待…っ、」
ラムが舌を入れてきた。
…が、それはひどく強引だった。
無理に絡めようとしても、慣れていないラムには、うまくできない。
俺はとにかく息が苦しくて、力任せにラムの身体を自分から引き剥がした。
「〜〜…っはぁ…!お前…って、何しとんじゃ、おのれはーっ?!」
ラムが俺の制服のボタンを外して脱がそうとしていた。
「ばかっ、やめろって!おい、ラム!」
ワイシャツのボタンを下まで全て外し終えると、ラムは俺の耳に息を吹きかけ、首筋を舌先でなぞっていく。
これって、昨夜俺がラムにやったことそのままじゃねーか(汗)。
「ラム、落ち着けって、おい!」
何度言ってもラムは行為をやめる素振りはなく、首筋から鎖骨へ、
鎖骨から胸元へと、時折吸い付きながら、移動していく。
ラムの舌使いに、俺は我慢できなくなって、遂に声を上げてしまった。
「〜〜う…っひゃあはははははははははははははっ。」
くすぐったい。
さっきからラムの舌使いはどうにも不慣れで、たどたどしかった。
それは心地よさとか身体の疼きとかそういったモノを喚起させることは一切なく、
むしろおかしくておかしくて堪らなかった。
急に大声で笑い出した俺に、心底驚いたラムが、俺の上にのっかったまま、呆然としている。
俺は笑いが止まらないまま、ラムを自分の上からどけて、身体を起こした。
「あ〜くすぐったかった。」
俺はボタンをはめながら、目尻に涙を浮かべて言った。
あぁ、おかしい。
おかしくておかしくて、笑いがこみ上げてくる。
「お前、下手すぎだって。」
やっと我に返ったラムが、俺の言葉に真っ赤になって反論を開始した。
「し、失礼だっちゃ!妻が健気にも夫の為に尽くそうとしてるのに、何で笑うっちゃ!」
「何でって、お前、あれじゃ笑えるって。」
思い出して、俺はまた笑い出した。
「も〜〜、ムードがないっちゃ!」
グーにした両手を振り上げ、俺をぽかぽかと殴る。
「も〜ダーリンのぶわかぁぁっ!」
ばりばりばりばりっ!!
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
ラムがかんかんに怒って電撃を放つ。
それさえもおかしくて、何だか久しぶりな気がする電撃を、俺は甘んじて受けた。


「大体、何で急にあんなことしたんだ、お前。」
身体の痺れがようやく治まって、俺はラムに問い掛けた。
「…ダーリンが、そうしたいと思ってるなら…って。」
「俺は別に笑わせてほしいと思ったことはないが?」
「〜〜もーっ!初めてなんだから、しょうがないっちゃ!」
ラムは頬をぷうっと膨らませて、またもや顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
よっぽど悔しかったらしい。
そのとき、校舎の方からチャイムの音が聞こえてきた。
いつのまにか、かなりの時間が経っていたようだ。
「さ〜て、教室に戻るとするか。」
俺は立ち上がって、う〜ん、と大きく背伸びをした。
「あん、ダーリン、まだ昨夜の続き、済んでないっちゃ。」
ラムが俺の腕を引っ張って引き留めようとする。
「あー…、もう、いいや。」
「え…?もういいって…、それって、うちの事、嫌いになったってことだっちゃ?!」
ラムの瞳がさーっと真剣になって、俺をじっと見つめる。
「あ、いや、別にそうじゃないけど…っていうか、俺は元々お前のことなんぞ何とも思っとらん。」
「うそっ!ダーリン、嫌いになっちゃやだっちゃ!」
ラムが必死になって叫ぶ。
俺は本当に「もう、いい。」って思っただけなのに。
それはラムのことじゃなくて、昨夜のことで。
あれだけ腹を立てていたはずなのに、さっきの大笑いでそれは吹き飛んでしまった。
ラムの言葉を思い出す。
『妻が健気にも夫に尽くそうとしてるのに…』
自分の中でずっとくすぶっていた不安とか情けなさとか疑いの気持ちとか、
いろんな暗い気持ちが、徐々に薄れていく。
『でも、うちは、やっぱりダーリンが好きだっちゃ。だから…。』
その言葉が、心に染み込んでいく。
「ダーリン!うち、昨夜みたいに逃げたりしないから、だから、ダーリン…っ」
俺の腕を掴むラムの力が強まり、その瞳は不安気に怯えていた。


あぁ、きっと、こいつなりに一晩考えたんだろうな。
俺がそうだったように、ラムも、ほとんど眠れない夜を過ごしたんだろうな。
さっきのアレも、本当はかなり恥かしかっただろうに。
初めてって言ってたし。
それでも、俺の為に平気な顔していてくれたんだろうな。


俺の腕を強く掴むラムの手をそっと剥がし、そのままラムの身体を優しく抱きしめた。
「ダー…リン?」
俺の腕の中でラムが呟く。
「1個、条件。」
「え?」
「1つ、俺の言うこと聞いたら、許してやる。」
許してやる≠チてのも随分傲慢な言い方だが、今の状況への気恥ずかしさもあって、
つい虚勢を張ってしまった。
「な、何だっちゃ?」
抱きしめているラムの表情は、窺うことはできない。
でも、その声色から、まだ怯えているのが感じられた。
俺は祈るような心地で言った。
「さっきの、もう一度、言え。」
「…え?!」
俺がこんなことをラムに頼むのは、きっと、生涯この1回だけ。
「もう一度、俺のこと好きだって、言え。」
「え…。」
しばしの沈黙。
ラムは何も言わない。
俺は段々、自分の言ったことが恥かしくなってきて、撤回したい衝動に駆られる。
「ラ…、」
俺が言いかけたそのとき。
「…ダーリン、大好き。大好きだっちゃ。」
腕の中から聞こえてくるラムの柔らかい声。
俺はラムの綺麗な髪に頬を寄せて、もう一度その身体を抱きしめた。
強い気持ちを込めて、優しく抱きしめた。


再びチャイムの音が聞こえ、3時間目の始まりを告げる。
歩き出した2人の手は、指先だけで繋がれている。
足元には、涼し気な風に微かにそよぐ芝生、
見上げれば、頭上には抜けるような青空。
穏やかな太陽の光が2人に降り注ぐ。
その気持ちよさに、2人は顔を見合わせることなく、前を真っ直ぐ向いたまま笑った。




《エピローグ》


「ふふっ…。」
俺の隣で横たわるラムが、脈絡もなく笑った。
「何だよ、いきなり。」
俺はラムの頭の下から腕を引き抜くと、頬杖をついて聞いた。
「ううん、ちょっと、思い出し笑い。」
俺の方に顔を向けて、ラムがにっこり微笑む。
「…あのときはまだ、うちには分からなかったんだっちゃねー…。」
遠くを見るような目でラムが呟く。
「だから、何が。」
こっちこそ、訳が分からん。
「知りたいっちゃ?」
「あぁ。」
「じゃあ、1個、条件。」
「は?」
「うちのこと、好きって言って。」
「っ?!…何言ってんだ、ばぁか。」



(終り)



…終わった…やっと終わった…(泣)。

実は、このラスト、前日に書いた時には、思いもよらずアンハッピーエンドに向かって話が進んでしまい、
焦って没にして、書き直しました。
とにかく、何とか終わって一安心♪


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