「ダーリン、おっはよー・・・。」
ラムがあたるの部屋の窓から入ると、あたるは、まだぐーぐーと呑気に眠っていた。
「そろそろ起きないと遅刻するっちゃよー?」
ラムがあたるの顔を覗き込んで話し掛けるが、一向に目を覚ます気配はない。
それどころか、
「にゃはは〜、しのぶぅ〜・・・。」
などとにやけている。
「まーた他の女の夢なんか見てるっちゃねー。まったく・・・。」
ラムの人さし指の先にぴしっと電気が走り、ラムはあたるにその指先を向ける。
しあわせそーな寝顔のあたるを睨みつけるラム。
「ダーリン、起きるっちゃー・・・、」
「・・・ラムー・・・。」
「えっ・・・?!」
ラムの動きが止まる。今、何て言ったっちゃ?
別に寝言で名前を呼ばれたからといって、夢の中で自分がいい扱いを受けているとは限らないのに、たったそれだけのことで嬉しくなってしまうのは何故だろう。
ラムは、眠っているあたるの横に静かに座った。
「ダーリン、うちの夢、見てるっちゃ・・・?」
呟きながら、あたるの寝顔に見入るラムの身体は無意識の内にあたるに近づいていく。
ラムの手が、あたるの頬に添えられる。ラムは愛しそうにあたるを見つめた。
ラムが吐息が触れるほどにあたるの顔に近寄った。
「ダーリン、だいすき・・・。」
そっと口付ける。
「・・・んー・・・。」
あたるが少し鬱陶しげに顔を背けた。でもまだ起きてはいない。
一瞬焦ったが、ラムはほっとして身を起こそうとした。
その時、ふと、あたるの首筋が目に入った。
暑いのか、パジャマの上の方のボタンは外されており、その鎖骨までも露になっていた。もう一度あたるの顔を見る。
・・・よく眠ってる・・・多分、起きない・・・。
ラムは再びあたるの上に身を屈め、その首筋にキスをした。
始めは唇が触れる程度だった。それを2度、3度と繰り返す内に、だんだんくちづけが深くなっていく。軌跡は紅い印となった。
唇が徐々に下の方へと移っていく。
「・・・んーー・・・?な、に・・・っ?」
あたるの目がゆっくりと開いた。はっとして顔を上げるラム。
2人の視線が合った。
お互い、声が出ない。
「・・・ダーリン、おはよー、だっちゃ・・・?」
先に言ったのはラム。気まずそうに愛想笑いを浮かべながら。
あたるは起きぬけの頭で、自分の上に身体を預けているラムを呆然と見つめた。
何で、ラムが乗っかってんだっけ・・・?あれ・・・?
「・・・はよー・・・。」
あたるは取りあえず返事をすると、
「どけよ。起きるんだから。」
と言いながら、ラムを押しのけた。
「あ、ご、ごめんちゃっ!」
ラムは慌てて飛び退き、戸の方に向かった。
「ダーリン、急がないと遅刻だっちゃよ!」
そう言い残して、1階へと下りていった。
あたるが時計を見ると、時間にはまだ余裕があった。
「何慌ててんだ、ラムの奴。」
大きなあくびと背伸びをして、洗面所に向かう。
「なーんか、変な感じだなー。」
しのぶとデートするという楽しい楽しい夢の途中、急に目の前が真っ暗になった。その後はただ、何だかくすぐったいような、身体の中からとろけるような、妙な感覚に襲われて・・・。
「変な夢。」
冷たい水で顔を洗ってタオルで拭いて、何気なく目の前にある鏡を見た。
「・・・?」
首の辺りに赤い痕が見える。
「何だ、これ。」
そこに触れてみる。虫に刺されたのではなさそうだ。
あたるは少し考えて、はっとした。
眠りから覚めたときの妙な心地、目を開けるとすぐそこにあったラムの姿。そして、この赤い・・・。
「あ、あいつ・・・まさか!?」
自分の顔が一気に赤面するのが鏡を見るまでもなく分かる。
「あたるー、いつまでのんびりしてるのー?早く着替えてらっしゃいー!」
「うわあっ!!」
母親が洗面所の戸を開けた。
あたるは自分の首筋の辺りを慌てて手で覆うと、
「分かってるっ!!」
と叫びながら、2階へ駆け上がった。


しばらくして、あたるが居間に下りてきた。いつもと同じ学生服に身を包んでいる。が、どこかが違う。
「あら、あたる。どうしたの?珍しくきっちり着込んで。」
学生服の詰襟のホックがしっかりと留めてある。いつもは外しているのに。
「・・・別にー・・・。」
ぶすっとした表情であたるが答える。そのままいつものようにラムの隣に座って、がつがつと朝ご飯を食べ出した。
ラムがちらっと横目であたるを見る。あたるは無言で、わき目も振らずに食べている。
「ダーリン、あの・・・。」
ラムが話し掛けようとした瞬間、あたるはテンのおかずに箸を伸ばし、ひょい、ぱくっと口の中に放り込んだ。
「あーっっ!!何、人の分まで食っとるんや、おのれはー!!!」
「やかましい!一日中遊び呆けるだけのガキが、たらふく食う必要なぞないわ!!」
「いたいけな幼児のおかず取り上げて恥ずかしくないんか!!」
「だーれがいたいけな幼児じゃ!」
毎朝恒例のけんかが始まる。テンの火炎攻撃!あたるがいつのまにかフライパンを手に持って、応酬する。
「いーかげんにしなさい!!あなたたちは毎朝毎朝・・・!」
母が怒鳴って止めようとする。
いつもと同じ朝の光景。しかしラムは、さっきから一度も自分と目を合わそうとしないあたるの態度が気になって仕方なかった。


学校への道のりがひどく長く感じた。
ラムとあたるはずっと黙って歩いていた。ラムがあたるの横にくると、あたるは足を速めて少し先を行ってしまう。さっきから露骨に、明らかに、ラムを避けている。自分のせいだと思って我慢していたラムも、いい加減に頭にきた。
ドババババ!!!
「ぎゃああああああ!!」
あたるの態度に腹を立てたラムが電撃を浴びせた・・・。
「ーーいきなり何すんじゃ、おのれはー!!!」      
びりびりとしびれて地面に突っ伏した体をよろよろと起こしてあたるがどなりつけた。
「ダーリンが悪いっちゃ!うちのこと無視するから!」
言われたあたるはますます大きな声で怒鳴った。
「元はと言えばお前が朝っぱらからあんなことするからっ・・・」
言いかけて、自分の口をあわてて抑え、「しまった」という顔をした。顔が火照ってくるのが自分でも分かって、再びラムに背を向ける。
そんなあたるの様子に、ラムは無意識に口元が緩んだ。か、かわいい・・・。
ラムは後ろから強引にあたるに飛びつき、一言。
「あともお少し寝ててくれたら、もっとイイコトできたのにーv」
「−ッ、バ、バカッ!何言って・・・!!」
振り返ってそう言い掛けたあたるの口を唇で塞いで、ラムはイタズラっぽく笑った。


キーンコーンカーンコーン・・・。朝のホームルームが終わり、1時間目の始まりを告げるチャイム。
「今からって何だっけー?」
「たいくー。」
「げー、朝っぱらから、かったりー。」
「マラソンとか言ってなかったか?」
「うわっ、さいあく。ふけるか?」
「サボった奴は100周だってよ。」
「死ぬぞ、それ。」
クラスメイトの会話が耳に入ってきて、あたるは青ざめた。体育!?
「おい、あたるー、行こーぜー。」
パーマが声をかける。
「え、あ、いやー、俺、今日は朝から下痢気味で・・・。け、見学。」
「・・・あたる、さぼるつもりか?」
メガネを始めとする悪友4人組が睨む。
「さっきまで元気一杯に女達を追っかけまわしとった奴が、下痢気味だ〜?!ああ!?」
「え、えっとー・・・」
まずい。後ずさる。どん、と背中が誰かとぶつかった。
「諸星、貴様、一応仮にもまぐれでも、委員長だろうが。仮病などという卑怯な真似をして恥ずかしくないのか。」
「んなこと知るか。とにかく俺は体育はやらない。」
そう言って廊下に出たあたるをがつんっと一発。コタツネコだ・・・。目を回したあたるを引きずって更衣室へ向かう。
「さぼりはいけませんね。」
校長が落ち着いた声で言い、面堂やメガネたちもうんうんと頷いた。
ラムはその様子を横目で見ながら、しのぶたちと共にそそくさと女子更衣室へ行ってしまった。


「あたるー、いい加減に観念して着替えろよ。一人だけサボろうなんて考えは捨てろ。」
さっさと着替えながらパーマがあたるに言う。
「・・・あ、俺、今日体操服忘れ・・・」
言いかけたあたるの言葉はメガネによって遮られる。
「お前のロッカーから持ってきてやったぞ。感謝しろよ。」
メガネがあたるの顔に体操服を突きつけた。
「こりゃどーもご親切に・・・」
苦々しげにあたるはそれを受け取った。
更衣室の中の人数がだんだん少なくなってきた。パーマやカクガリ、チビも運動場へ向かい、残るはあたる、メガネ、面堂の3人のみ。
「お前らもさっさと出て行けよ。着替え済んだんだろーが。」
あたるがじとっと2人を睨んだ。その手には未だに体操服が握られたまま。
「何みずくさいコト言ってるんだ、あたる?友人としてお前を待って一緒に行ってやろうというのに。」
「うっとおしい。」
「文句ばかり言ってないで早く着替えろ。もう他の者は整列しているぞ。」
面堂が腕組をして苛々して言う。
「だから、お前らも先に行けっちゅーとろーが!!」
あたるが怒鳴り返すと
「「貴様、やっぱりさぼるつもりだろう!!そうはいくか!!」」
2人の更に大きな怒鳴り声が返ってきた。
(くそ〜、どーすりゃいいんだ?もしまだ痕が残ってたりしたら・・・)
冷汗が吹き出そうだ。あたるが考え込んでいると
「ったく、世話のかかる奴だ。」
メガネがあたるの制服に手を掛けた。
「なっ、何するんだっ!」
あたるが驚いてその手を振り解こうとするが、
「大人しくしていろ、死にたくなかったらな。」
面堂の刀があたるの鼻先にあった。
あたるは固まった。
(何で俺がこんな目に遭わにゃならんのだ。たかが体操服のことで。)
それもこれも全部ラムのせいだ、あのやろー・・・。
などとあたるが思っている内に、学生服の前はメガネによってはだけられた。
「ちょっ、待て、じ、自分で着替えるからっ!」
「うるさい!」
あたるは刀の刃すれすれのところをすり抜け、慌ててメガネの手からわたわたと逃げた。
「えーい、往生際の悪い!」
こうなったら意地である。たかが、の筈だったのが、3人共いつの間にかむきになっている。
「離せ!よせ!やめろ!!」
ずんずん近寄ってくる2人を追い払おうとあたるが腕を振り回す。
今度は面堂があたるの襟元をひっつかんだ。
「いい加減にしろ。」
「ひぃっ!!」
(こいつ、目がマジだよ・・・。ヤバイって・・・。)
ブチッ。
面堂が力任せにあたるのワイシャツを引っ張った。ボタンが弾け飛んだ。
「うわああああっ!!」
「いちいち叫ぶな!鼓膜が破れるっ・・・?!」
自分の耳を塞ごうとした面堂の動きが止まった。
「諸星・・・、それは何だ・・・?」
面堂の顔が引きつった。あたるが面堂の身体を力任せに押し返して、はだけた制服の前を慌てて手で
隠した。
「・・・何が?」
あくまでシラを切り通そうとするあたる。その目は完全に宙を彷徨っている。
「何だ、どうしたんだ?」
メガネが横から顔を出す。
「いや、何でもない。」
平静を装ってあたるが答えた。しかしやはり視線は逸らしたまま。
「とにかく、自分で着替えるから。君たちの親切には心から感謝する。じゃっ!」
二人の背中を足蹴りでつき押して、更衣室から追い出そうとする。失礼な男だ。
「相手は誰だ?」
面堂がくるっと向きを変え、刃先をあたるの目の前に突きつけた。その目の色は怒りに揺れている。
あたるは身の危険を感じた。
(こ、殺される・・・。)
「お、落ち着け?な、面堂くん?これは君が思っているようなもんじゃ・・・」
「問答無用!!!」
ビュッ!!面堂の刀が振り切られる。あたるの前髪がパラリと宙を舞った。
「ひえええーーーー!!」
逃げ回るあたると、追い掛け回す面堂。ビュンビュンと振り回される刀に、こんな狭い部屋の中を逃げ回っても、いかに逃げ足の速いあたるでも逃げきれない。
あたるはドアを開けて、廊下へ走っていった。
「待てー!!諸星ーー!!」
面堂が血走った目で後を追う。あたるでなくとも逃げ出さずにはいられない。
「おい!どうしたっていうんだ!」
訳の分からないまま、そのただならぬ雰囲気に、メガネも一緒に走りながら面堂に尋ねた。
しかし面堂はその声も耳に入らず、といった風で、あたるを追いかける。
そのまま三人はグラウンドに出た。
「貴様ら、何やっとったんだ!!とっとと整列せんかー!!」
体育教師が怒鳴る。その声に気を取られ、あたるの足がつまづいて一瞬走りが止まった。
その隙に面堂があたるに追いつき、刀を振りかぶった。
「諸星ーー!!貴様、そのいかがわしい印は何だーー!!」
面堂の怒りに満ち満ちた怒鳴り声。グラウンドにいた者の視線が一斉に面堂と、そしてあたるに集中した。
そのあまりの迫力に、あたるはしりもちをついて固まった。
「ち、違うんだ・・・これは・・・」
あたるは何とかごまかそうと、言い訳を考える。
「夜、蚊に、刺されて、さ、・・・」
・・・苦しい、どう聞いても嘘っぽい。
「いかがわしい印・・・蚊・・・?」
メガネが呟いた。
「見せろ・・・。」
面堂と同様、いやもしかするとそれ以上の怒りに体中を震わせて、あたるの制服に手をかけようとした。
「本当に、何でもないんだって!!」
あたるがしりもちをついたまま、後ずさる。恐怖で顔が青ざめる。
「何でもないんだったら、見せてみろ。」
じりっと一歩ずつ近寄ってくるメガネ。そのレンズの奥の瞳は血走っている。
「だ、誰か助け・・・」
メガネ、面堂はもちろん、まわりを取り囲む男子生徒の異様なオーラに、さすがのあたるも半泣き状態。
その時。
「ダーリン!どーしたっちゃ?」
天の助け。ラムの登場である。グラウンドの奥のほうで整列していた女子の列から、ただならぬ様子のあたるを見て、飛んできたのだ。
「ラ、ラム!お前からも何とか言ってくれ!!」
必死の態のあたる。ラムの言葉なら、こいつらも聞くはず。
「一体どうしたっちゃ?」
「ラムさん、下がっていてください。今、この害虫を退治して差し上げます。」
面堂が再びゆっくり刀を振りかぶった。
「うちのダーリンに向かって害虫とは何だっちゃ!」
ラムがむっとして言い返す。
「ラムさん、そんな最低な男を無理に庇わなくてもいいんです。この男は、いやがるあなたを無理矢理・・・っ」
俯いて目頭を抑える面堂。
「何のことだっちゃ!」
「そうだ!何のことだ!」
ラムの後ろに隠れてあたるも言い返す。
「貴様、まだシラを切るつもりか!」
面堂があたるを睨んだ。ささっとラムの陰に隠れるあたる。
「終太郎、みんなも、違うっちゃ!」
ラムが、ぐるりと取り囲む男子生徒を見回して言う。
あたるがこくこくと頷く。
「そうだ、あれはただの虫刺されなんだ!な、ラム?」
あたるがすがるような目でラムを見る。
(頼むからそう言ってくれ〜。)
そんなあたるの視線に気づいて、ラムはにっこりと笑った。
「あれは、うちがダーリンにつけたキスマークだっちゃ!」
ラムが高らかに言い放つ。男子生徒からどよめきが起こった。
あたるは凍りついた。
「夫婦なら当然のコトだっちゃ。昨夜は楽しかったっちゃね、ダーリン!」
ラムは再びあたるの方を向き、幸せそうに笑った。
「う、嘘だ、嘘だ、嘘だーーーっ!!!」
赤いのか青いのかもう分からないような顔で、あたるが叫んだ。もはやパニック状態である。
「・・・あたる〜ぅ・・」
メガネが声を出した。その低い声にあたるはびくっとして、飛び退いた。
「メ、メガネ・・落ち着け・・・あれは、嘘だって!ラムが勝手に言っただけだって!」
「・・・じゃあ、誰だ?」
「え・・・?」
「誰に付けられたんだ?ん?」
「だ、誰って・・・」
じりじりとつめよるメガネとずるずると後ずさるあたる。
「だ、だから蚊に・・・」
突然、うわーんっとラムが泣き叫んだ。
「ひどいっちゃ、ダーリン!昨夜はあんなに優しかったのにっ!!」
ラムの声に、男子生徒の憎しみに満ちた目があたるに集中した。
「あたる〜・・・貴様、どこまで無責任なことを・・・」
「う、嘘だ!ラム、お前いい加減にしろ!これはお前が今朝、勝手に付けたんだろうがーっ!!!」
言い終わって、あたるははっとして口を抑えた。ラムは泣きまねから一転、にやっと笑った。
「あー、そういえば、そうだったっちゃ。ダーリンがぐっすり寝てて、あんまり寝顔が可愛かったら、つい、うちが・・・v」
そう言ってぺろっと舌をだしてイタズラっぽく笑うと、ラムは空に浮いて女子生徒の方へ飛んで帰っていった。
後に残されたのはあたるとその他男子生徒。
しばし呆然とした後、再び大騒ぎになった。
遠くからその様子を見て、ラムは幸せそうに笑った。

                                                                  
     (終)                  


ラムちゃんとダーリンは同居しているので、「寝込みを襲う」とか「寝顔に胸キュン(爆)」とかいう類のネタが使いやすくてグー!ああ、私もダーリンを襲いたい・・・(何・汗)。
男の子は鎖骨がいいですよねvてへへvv

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