朝、顔を合わせて一言めがこれだ。

「ダーリン、今日、何の日か、知ってる?」

ラムは、それはもう満面の笑顔で。
まるで、しっぽを振ってひたすらにすり寄ってくる飼い犬のようで。
いや、悪い意味ではなく、良い意味で。

かわいい奴だな、と思った。

しかし、そんな言葉をこの俺が口にするはずはなく、
「知らん。」
とだけ答えて、学校へと足を進めた。
あーあ、今日一日、しつこく言ってくるだろうなぁ。
さっさとまいて、ガールハントに出掛けよう。
すたすたすたすたすたすた。
ところが、次のラムの反応は予想とは正反対の、実にさっぱりしたものだった。

「ふーんだ!どーせ、ダーリンがうちにホウイトデーのお返しなんて、くれる訳ないっちゃよね!」

後ろから聞こえてくる、拗ねた諦めの声。
それからラムは、頭の上から俺を追い越して、学校へ一足先に向かってしまった。
俺は1人その場に取り残された。

「ラッキー、うるさい奴がいなくなった!」
何故か、大きな声で独り言を言っていた。
「ホワイトデーのお返しなんて、ラム相手に、そんな面倒なことできるかってーの。」
独り言が止まらない。
「何を今更。ばかばかしい。」
…俺、誰に向かって言ってるんだろう。

ぴたりと、足が止まった。

(どーせ、だと?)

(くれる訳ない?)

何時の間にか、手をぐっと握り、下を向いていた。
…何か、腹立ってきた。
何であんな事言われにゃならんのだ。
いや、それより何で、俺、むかついてるんだろう。



黙りこくったまま、校門をくぐり、教室の戸を乱暴に開けた。
とたんに耳に飛び込んでくる女の子達の黄色い声。
「面堂さん、こんな高価なクッキー、頂いてもいいの?!」
「きゃあぁぁ、さすが面堂さん!」
「素敵なハンカチ!嬉しい!もったいなくて、私、使えないわ〜。」
面堂の奴が、わざわざ教室で、ホワイトデーのプレゼントを女の子たち一人一人に渡していた。
俺にはさっぱり分からない、高そうなクッキーとハンカチ。
もらっている女の子たちの反応からして、かなり良い品だということだけは理解できる。

乱暴に戸を開けたため、大きな音がしたので、面堂がこちらを向いた。
目が合ってしまった。
ちっ、朝っぱらから、ヤな奴と…。
「やぁ、諸星!はっはっは、朝からお騒がせしてすまんな!」
何言ってんだ、てめーは。
勝ち誇った顔しやがって。
「お返しも大変だが、女生徒の皆さんに喜んで頂けるなら、こんなうれしいことはないよなぁ。
 まぁ、貴様なんぞは、お返しの数も微々たるもので、ちっとも大変ではなかろうがな!」
「…金に物言わせて女の子たちにきゃーきゃー言われて、鼻の下伸ばしてるのはみっともないぜ?」
すれ違いざまに面堂の奴を睨みつけながら、俺は自分の机に鞄を投げ付けた。
となりの席には、先ほど別れたラムが座っていた。
俺と面堂とのやり取りを他の生徒に混じって見ていたが、
俺が椅子に座ったら顔を背けて、窓の外を向いた。

何だよ、それ。
かわい気のない。

俺はまた席を離れ、クラスの女の子たちに声をかけ始めた。
「しのぶ〜!ホワイトデーのお返しに、今日の放課後、デートしよ〜よ〜v」
「竜ちゃーん、おしるこ食べに行かなーい?!」
きゃーきゃー言う女の子たちを追い掛け回していると、ラムがこちらにすっ飛んできた。
「ダーリン!浮気は許さないっちゃー!」
「ふん、どーしよーと俺の勝手じゃ!」
「きぃー!悔しいっちゃーーっ!!」
ピッシャーンッ!!!
電撃が飛んでくる。
俺はひらりと身をかわすと、ラムに向かって
「ふん、くらってたまるか!」
と、あかんべーをして、またガールハントに精を出す。

あーあ、またムキになって追っかけて来るだろうな。

そう考えながらちらっと後ろを見た。

追いかけて、来ない。
何で?

てっきり追いかけてくるもんだと思っていた俺は、そのまま勢い良く教室を飛び出すところだった。
その瞬間、聞こえてきたラムとしのぶの会話。

「ラム、あたる君から何かお返しもらったの?」
「ううん、なーんにも!」
「やっぱり。」
「いいっちゃ。今までだって、何ももらったことないし。」
「いいの、それで?」
「うん!うち、ダーリンと一緒に居られれば、それだけで幸せだもん!」

おーお、健気な奴。
かんどーして、涙が出そうだぜ。
ほんと、物分りの良い女だな。
理想的だよ。
付き合うのにはもってこいの、楽な女。
いまどきいないぜ?こんな無欲な女。
おれは幸せモノだなぁ。

…けど、やっぱり何か違う。

また腹が立ってきた。

何だよ、それ。
なんで何も欲しがらないんだ?
そりゃあ、俺は金ないけど。
楽でいいけど。

だけど、
そーじゃなくて。

身体の向きを変えてラムの方を見ると、また席に座って窓の外を見ていた。
頬杖を付くその表情は、とても幸せとは程遠い、寂しげなもの。

足が勝手に動いて、ラムの前に立っていた。
「ラム。」
口が勝手に動いて、ラムの名を呼んだ。
ラムが少し驚いた顔をして、こちらを見た。
「なんだっちゃ、ダーリン?」
ちょっと微笑んで俺を見る。
俺、何を言うつもりだろう。
何をするつもりだろう。

動きの止まってしまった俺の様子にラムが戸惑っている。
「ダーリン?」
すると、面堂とメガネの奴が、呼んでもいないのにこっちへ来た。
「ラムさん、どうしたんです?」
「諸星の奴に、何か言われたのですか?」
2人して俺を悪者扱い。
「まだ何も言っとらんわい!」
「ダーリン、何か話があるのけ?」
「う、いや、その…。」
自分でも何が言いたいのか、分からない。
どうしよう。
「あたる、お前、ラムさんにお返しに何かプレゼントを用意したんだろうな?」
メガネが聞いてきた。
「ば、ばかばかしい!何で俺がラムにプレゼントなんて…!」
いつも通りの答え。
そうさ、プレゼントなんて。
「貴様、バレンタインのときに、あれだけ皆の前で派手にやっておきながら、お返しは一切しないつもりか?!」
「諸星、貴様、ラムさんに対して失礼ではないか!!」
2人が怒鳴ってきた。
(関係ねーだろ、お前らには。)
そういい返そうとしたところに、
「2人とも、止めてほしいっちゃ。」
ラムが止めに入った。
そして続いたラムの言葉。

「バレンタインのは、うちが勝手にやっただけだっちゃ。うちは、別にお返しなんて期待してないっちゃ。」

…おい。
期待してないのかよ。

「ラム。」
座っているラムの側に歩み寄って、机に手をつき、ラムを見下ろした。
ラムが顔を上げて、俺の顔を見上げる。
「なに?ダーリン。」
さっきから挙動不審気味の俺に、ラムは戸惑いを隠せない。

きょとんとした、ちょっと困ったような表情が、
かわいいと思った。

「お返し、欲しい?」
「え…?」

俺の問い掛けに対して、ラムは目を丸くした。
ほんっとうに期待してないんだな、お前ってヤツは…(溜息)。

「だから、お返し、欲しいかって聞いてるんだよ。」
俺がもう一度聞くと、ラムが慌てて答えた。

「ほ、欲しいっちゃっっ!!」

文字通り、表情がぱっと明るくなった。
目を大きく開けて、きらきらした瞳で、少し頬を赤く染めて、震える両手をきゅっと胸の前で握って。
すっごい期待してる。

「そんなに欲しいんだ?」
「うんっ!欲しいっちゃ!本当に?本当にくれるっちゃ??」
一心に俺だけを見て、俺の次の行動を待つラム。
そんなラムの様子に、俺は満足げに笑った。

…やっぱ、あのバレンタインのお返しっつったら、これしかないだろ。

左手はラムの机についたままで、右手をラムの頬に添え、こちら向かせた。
俺は身をかがめて、ラムに口づけた。

身体を離すと、ラムはさっきよりも目を大きく見開いて、呆然としていた。
ラムだけでなく、面堂やメガネ、しのぶたちも、
教室中の奴等全員が、動きを止めた。
何が起きたのか、把握できていないかのように。

「さーてと、蘭ちゃんに会いに行くとするか!」
俺はそう言って、元気一杯教室を飛び出していった。
はっと我に返った男どもが、
「諸星ーーーーーーーーっっっ!!」
「てめぇ、どさくさにまぎれてっっっ…!!!」
「待ちやがれーーーーっ!!」
口々に叫びながら、殺気立って後を追ってくる。

お前らなんかに捕まるかってーの、ばぁーか!

後ろの教室からは
「きゃあぁぁぁ!何、今のなにー?!」
「ちょっと、ラムってば!!」
「信じられない!あの諸星君が、あんな…っ!」
女の子たちの騒ぐ声が聞こえる。
ラムの声がしないのは、あのままぼーぜんとし続けているからだろうか。

廊下を曲がったところで、サクラさんに会った。
「サックラさ〜んvv」
勢い良く抱きつこうとすると、思いっきり頭を殴られ、床に叩きつけられた。
「いきなり何のマネじゃ、おのれはっ…、
 と、なんじゃ?諸星、何時にも増してヘラヘラしおって。気色悪い。」
床から起き上がった俺を見下ろして、サクラさんが言う。
「ちょっとね〜♪」

俺はサクラさんから離れて、また走り出した。
蘭ちゃんに会いに?
いや、べつにそうじゃない。
ただ、なんとなく、思いっきり走りたい気分だった。

さっきの面堂やメガネたちの顔や女の子たちの声が、頭の中でよみがえってくる。
あぁ、いい気分!
すかっとした!
ざまぁみろってんだ!
わはははー、だ!

ラムは今ごろどうしてるだろう。
大喜びしてるか、嬉しすぎて泣いてたりして?
どんな顔してるだろう。
ちょっと見てみたいけどな。

でも、さすがに今、教室に戻る勇気はなく、俺はそのまま学校の外へ駆け出した。
天気も良いし、このままガールハントにしよう。
そうしよう!

俺は街へ向かって大きく踏み出した。



(終)


バレンタインデーに何があったのか、については拙文「バレンタイン・キッス」をお読み下さいませ。

やっぱり、バレンタインネタ書いたなら、ホワイトデーネタも書きたい訳でして。

健気なのも結構ですが、あんまり大人しいのも可愛くないと、私は思うのです。
上目遣いにおねだりするオンナノコって可愛いと思います。
ちょっとわがままとか言うのっていいですよね。
甘え上手っての?

でも、この話で1番書きたかったのは、勿論ダーリンの方ですがね(笑)。


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