ラムとの10年ぶりの再会に、俺は人目もはばからずに抱きついていた。
誰かが見ていたら、とかそんなことは全然浮かばなくて、ただただラムの名を呼び続けた。
その間ずっと、ラムは俺を抱き留めていてくれた。


しばくしてようやく落ち着いた俺は、ラムの肩に埋めていた顔を上げた。
「ラム、お前、本当にラムなんだよな?」
「うん。」
俺は同じやりとりを3回繰り返し、ほっと溜息をついた。


本当なんだ…。
夢でも何でもないんだ…。


「ダーリン。」
俺の腕の中でラムの声がする。
そんな当たり前のことが、まるで奇跡のように思えた。
「ダーリン、ちょっと苦しいっちゃ。」
「へ?!」
思いもよらぬラムの抗議の言葉に、我に返って自分たちの状況に気づいた。
「わ、わ、悪ぃ…っ////」
俺は一体どのくらいその状態でいたのだろう。
ようやく解放されて、ラムは自分の肩をさすった。
「ダーリン、さっきしのぶと一緒に居たけど、もしかしてしのぶとヨリを戻したっちゃ?」
「しのぶ?!」
そう言われてやっと、さっきまでしのぶと一緒だったことを思い出す。
ってーことは、しのぶの見てる前で、思いっきりラムの奴を…。
自分の顔が一気に赤面したのが分かった。
「どうなんだっちゃ、ダーリン?」
上目遣いにじっと見つめ、俺の返事を待つ。
「い、いや、しのぶとは別に何も…。だってあいつはもうすぐ因幡と結婚するんだし…。」
俺は素直に否定した。
「結婚?!しのぶと因幡が?!」
「あぁ。さっき結婚式の招待状をもらったんだ。」
「うわぁ、そっかぁ、しのぶと因幡が…。」
ラムは頬を染めてうっとりとしている。
「ね、ダーリン、他のみんなはどうしてるっちゃ?竜之介や終太郎や、メガネさんたちは?」
「あ、あぁ、みんな元気だ。」
「ふーん…久し振りに会いたいっちゃー…。」
懐かしそうに目を伏せるラム。
何だか不思議な感じがした。
「とりあえず立ち話もなんだから、家に帰ろう。」
「うん!お母様たちは?元気にしてるっちゃ?」
「あぁ、相変わらずな。」

俺達は俺の家に向かって歩き出した。
うちに着くまでもずっと、誰がどうしてるかと、ラムは次々とみんなの様子を尋ねてきた。
家に着くと、父さんと母さんが驚いてラムを出迎えた。
「まぁまぁラムちゃん、すっかり変わっちゃって…でもよく戻ってきたわねぇ。」
母さんが涙ぐんでラムの肩をたたく。
父さんは後ろから、そんな二人の様子をうんうんと頷いて見ていた。
一緒に晩御飯を食べながら、俺達はラムの話を聞いた。

地球に何とかして戻りたいといろいろ策を練ったこと。
そしてその結果、故郷を捨てて地球人として暮らすことを決意したこと。
そのために外見的なものから超能力まで、
オニ星の者としての特徴を全て取り払わねばならなかったこと。
両親や友達みんなが反対するので、説得するのが大変だったこと。
自分が地球人に帰化することを宇宙政府で認めてもらうまで
かなりの労力と時間が必要だったこと。

宇宙の事情などまるで知らなかった俺達は、
とにかく「それは大変だったねぇ。」と聞くしかなかった。
ひとしきり居間で話をした後、俺とラムは2階へと上がって行った。


「わぁ…懐かしいっちゃ。」
俺の部屋の戸を開けて、ラムが上げた第一声。
「少し変わっただろ。」
高校生の頃にはあった勉強机はもうなくなっていた。
代わりに、自分の給料で買ったテレビやビデオデッキが置かれている。
俺が後ろ手に戸をパタンと閉めると、ラムがくるりと振り返った。
「ダーリン!」
そのままぎゅっと俺に抱きついて、
「ダーリン、ダーリン、ダーリン…ダーリン…」
俺の胸に顔を埋めて何度も何度も呼んだ。
俺はその背に両腕を回してラムを抱えると、戸にもたれたままゆっくりと2人で腰を下ろした。


部屋の電気はつけないまま、
カーテンの閉まっていない窓からほんのりと入ってくる月の明かりだけが
俺達2人を照らし出していた。
ラムは俺の腕の中で静かに泣き続けていたので、
俺はその間黙ってラムの頭や背中をなでていた。
「ダーリン、うち、ずうっとダーリンに会いたかったっちゃ…。」
ようやく涙が止まったらしい。
ラムがまともに言葉を発した。
「あぁ。」
俺だってそうだった。
居る間はあんなにもうっとうしかったのに、
本当に居なくなったらこんなに辛いものだとは、夢にも思わなくて…。
何も言わずにいる俺をラムがじっと見つめている。
俺も何も言わなかった。
ただお互いを見る、それだけのことが、とても大切に思えた。


ラムの黒い髪を一筋手にとってみる。
それは月の光を浴びて艶やかに浮かび上がる。


ラムの碧色の髪、結構気に入ってたんだけどな…。


右手をラムの頬に添え、そのままラムの右の耳を親指の腹でそっとなでた。
「ん…っ。」
ラムがびくっと肩をすくませる。
以前の形とはちがう、丸みを帯びた耳。


再びラムの顔に視線を戻す。
あの頃こんな風にじっとラムの顔を至近距離で見つめたことはなかったように思う。
それができなくなる日がくるなんて思ったことなどなかったのだから。
大きくて少しつった目の形は以前と変わっていないのに、その瞳の色が違っていた。
俺らと同じ黒い瞳。
以前の瞳の青の深さを思い起こす。
吸い込まれそうなほどに深い青。
もう二度とあの色を見ることはないんだ。


あぁそれでも。
ふっくらとした唇の形や色艶は変わっていない。
「ダーリン…。」
と声を発する、その動きのなまめかしさにぞくりとするものを感じて。
俺はラムを抱き寄せ、唇を重ねた。


高校生の頃に、ラムとキスをしたことは何回かあった。
それは唇を重ねるだけのキスで、それ以上の関係は俺達の間にはなかった。
でも今はもう子どもじゃないから。
それだけで満足することはできなかった。





徐々に口づけを深くしていく。
「…ん…ダー…リ…」
ラムが少し苦しそうに唇の端から声を漏らす。
一旦口づけを止めて、一息ついた。
「ふ…ぅ」
ラムの頬が先より上気しているのが暗がりの中でも分かるほどの距離。
長かった10年という月日が一気に縮まったような気がした。
もっと側に居たくて、もっと触れていたくて。
俺は再びラムにキスをして、そのままゆっくりと床に押し倒した。





「ダーリン…ダーリン…」
うわ言のように俺を呼ぶラムの声が耳元で聞こえる。
これは夢じゃない、現実なんだと、自分の下で喘ぐラムの姿を見て確認する。
明日になって夜が明けたら、また居なくなってしまうんじゃないかと不安を覚えるたびに
俺はラムの身体を何度も抱きしめた。
ラムはそんな俺の気持ちを癒すかのように、一晩中腕の中に居てくれた。





「んー…」
眩しい日の光を感じてうっすらと目を開ける。
窓から差す朝の光がやけに強くて、もう昼が近いことを感じた。
「ダーリン、お・は・よ!」
その声にぼんやりと振り向くと、ちょこんと正座しているラムの姿が目に入る。
「もう10時だっちゃよ。いい加減起きた方がいいっちゃ。」
ラムに促されるままに上体を起こす。
うーんと大きく背伸びをした。
「いい天気だっちゃ。ね、ダーリン、デートしよ!」
日の光を背に窓際に立って俺に笑いかけるラムの笑顔。
夢じゃない。
夢じゃないんだ。
「ばーか、こんな上天気にお前なんかと付き合ってられっか。早速ガールハントじゃ!」
「ぬわにぃー!ダーーリンっ!」
ラムが鬼のような形相で怒り出した。
俺は素早く洋服に着替えて、外へ駆け出す。


       止まっていた時が、今、再び動き出した。





(終)

えとですねー…、私が書く話はそれぞれ独立しています。
つまりですね。
この話だと、ラムちゃんとダーリンはそれまで何も「関係」がなかったとなっています。
が、別の話では2人はやるこたやってるわけで…。
それは、私にとってそれぞれの話が繋がっていないということなんです。
関連性も時間の流れもなく、それぞれがパラレルワールドのようなものなのです。

何だか後書きに書くようなことじゃないかも知れませんが、
この話の詳しいテーマ(?)とか裏話とか、書こうと思ったきっかけとか…
そういった類のことを明かすのは好きではないので、いつも書きません。
読んで下さった方々のご想像に委ねるのが、私は好きですvv



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