「おはよーだっちゃぁ〜…。」
教室の窓を開けて、ラムが入ってきた。
「おはようございます、ラムさん!」
「ラムちゃん、おはよう!」
ラムが来たとたん、面堂やメガネ、パーマらがささっと取り囲んで我先にとあいさつを交わす。
「みんなおはよーだっちゃ…ふわぁ〜…。」
ラムは眠そうに目をこすりながら、机の上に鞄を置くと、ゆっくりと椅子に座った。
ラムの席は俺の隣だ。
俺は何気にラムを見た。
あれ…?
「おい、何じゃ、そのバンソーコーは。」
「え?」
ラムが手を止めて、こちらを見る。
ラムの右の首筋に1枚、バンソーコーが貼ってあるのだ。
「あ、これ、ちょっと…。」
さっと手を当ててバンソーコーを隠す仕草をする。
「ちょっとって、そんなところどうしたんだよ。」
転んだってけがするようなところじゃないだろ。
俺は何気に聞き返した。
すると。
「どうって……昨夜、ちょっと…。」
そう言うラムの頬がわずかに赤くなった。
その内、またもや面堂を始めとする男どもが傍に寄ってきて、
「本当だ。ラムさんどうしたんですか。」「ネコにでもひっかかれたとか。」「大丈夫ですか。」
くどくどと質問攻めにする。
うっとうしく感じた俺が、
「何を大げさな。バンソーコーで済むくらいなんだから、大したけがじゃないだろ。」
と軽く言い放つと、
「貴様は思いやりという言葉をしらんのかーーーっ!」
と、奴らの攻撃をくらってしまった…。
「みんなやめてほしいっちゃ!これはけがじゃないっちゃ!」
ぴたっ。
俺に殴る蹴るの暴行を加えていた奴らの動きが、ラムのその一言で止まる。
「じゃあ、どうされたのですか。」
面堂が一番に聞いた。
俺も含めてその場に居た奴らはラムの返事を待つ。
「どうって…。」
「もったいぶっとらんと、はよ言え。気になるだろうが。」
ドカッッッ!
俺がいらついて急かすと、またもやどこからかハンマーが飛んできた。
「ダ、ダーリン、大丈夫?」
「ってて…。おまーが早く言わんから…っ。で、どーしたんだよ。」
俺は後頭を撫でながらもう一度ラムに聞いた。
「…昨夜、弁天やおユキちゃん、ランちゃんとUFOでお泊り会して、一晩中盛り上がって…」
ラムが視線を床に向けて、言いにくそうに話し出した。
「弁天が、ちょっと酔っちゃって…。」
またラムが話を止める。え〜い、じれったい!
「弁天様が?!酔ってなんだってーーー?!」
俺が急かすと、ラムは意を決してようやく言葉を続けた。
「弁天がーぁ、酔ってー…、こんなコトに…。」
そう言ってラムが首筋のバンソーコーをそっとはがしてみせた。
「………っ!」
それを見た奴らはみんな目を見張った。
ごくんとのどを鳴らす音も聞こえた。
ラムの話とバンソーコーの下から現れたソレにどう反応すればいいか、お互い腹の中を探り合っている。
バンソーコーの下から現れたモノ…それは淡く紅い跡。
ラムの白い首筋に映える紅い跡。
これって…キ、キスマークじゃないか?!
周囲の動きがぴたっと止まってしまったことに、さすがのラムもいたたまれなく感じたようだ。
「あ、あははははは…。とゆーわけでぇ、何か情けないから消えるまでバンソーコー貼っとくっちゃ!」
乾いた一人笑いをしながら、はがしたバンソーコーを元に戻した。
「そ、そうね、それがいいわよ、ラム。うふふふふ…」
しのぶがラムに話を合わせて場の雰囲気を戻そうと試みたが、無駄に終わった。


予鈴が鳴り、全員のろのろと席に着いた。
朝のHR、1時間目の現国、2時間目の数学、と退屈な時間が流れていく。
いつもなら女の子たちに愛の紙ひこうきを飛ばすなり、安眠して休息を取ったりする頃だが、
今、俺の目は冴えており、隣の席に座っているラムから意識を逸らすことができない。
教科書で顔は隠しつつも目の玉をちろりと左に動かす。
すると、ぼんやりと教卓を眺めるラムの横顔に続く白い首筋が、否応なしに目に入ってくる。
既にバンソーコーはそこになく、ほのかなピンク色の花弁も消えてしまっていた。
それなのに俺はその首筋から目が離せない。

(あんなビデオ、見るんじゃなかったー…。)


昨日ラムが弁天様たちの所に出かける予定だったことを少し前から聞いて知っていたから、
パーマに「何かおもしろいことないか?」と軽い気持ちで尋ねたら、
「この間仏滅高にいる友達からいいもん借りたから一緒に見るか。」と言われて、
パーマの妖しげな笑みに誘われるままにパーマの家に遊びに行ったら、
予想通りAVで、おまけにパーマが言うことには2人の美女の内の1人がラムに似ているとか。
「そーかーぁ?」と言いながら見てみると、肩を越えるストレートヘアにツリ目、八重歯の女の子だった。
「なるほど、タイプとしては似てるかもな。」「だろ?」
まぁでも向こうの方が断然上だなと俺は内心思ったが口には出さず。
もう1人女の子はショートのカワイコちゃん、威勢のいい勝気な感じだ。
2人の美女は濃厚な口付けを交わし、そのまま濡れ場へと難なく進んでいった。
ビデオを十分堪能した後、パーマが「なぁなぁ本物はどーなんだよ。」と息を荒げて聞いてきたので
「あほ。」と一発殴ってごまかした。

(ラムと…弁天様が…)

イカンイカンと頭を振って勝手に思い浮かぶ映像を無理に吹き飛ばそうとする。
でもそれは無駄な抵抗で、いくらラムから視線を戻しても妄想は止まらない。

「えー…次、ラムくん、読んでみなさい。」
「はいだっちゃ。」

先生に指されてラムがふわりと立ち上がり、教科書を読む。
すぐ隣から聞こえてくるその声が、昨日のAV女優の喘ぎ声を思い出させ俺の脳内でこだました。

(やば…)

両耳を強く塞いで机につっぷした。目をぎゅっと閉じる。

(今日は学校終わったら駅前にガールハントに行こう!
あ、しのぶを誘ってこの間新しく出来た甘味処のあの店に行くのもいいな!
いや待て待て、それとも竜ちゃんに声をかけてお好み焼きってのもいいかも!
それともいっそサクラさんとーー。うひひひひひ〜。)

『…ダーリン、ダーリンったら、ねぇ、…』

(ぎゃあ、ラム!こっち来るなーー!)

考えまい考えまいと努力しているのにまたもやラムの声が。
手ぇ離せ、あほ。寄ってくるなっちゅーに。

「諸星ーーーーーっ!!」
「はいーーっっ!??」

ラムのくすぐったい声が急に汚いダミ声に変わり、名を呼ばれて慌てて顔を上げると、
目の前には額に青筋を立てた先生が。
「もう、だから呼んであげたのに…。」
隣の席には呆れてため息をつくラムが、いた。


チャイムが鳴って放課になると、俺は慌てて教室を出た。
(どこか落ち着いて1人になれる所に行こう。このままじゃ身がもたんっ。)
俺は階段を上へ上へと駆け上り、屋上へと続く重い扉を開けた。

今日はいい天気でいつもなら誰か1人くらい寝転がっていそうなものだが、
ラッキーなことにこの時は誰もいなかった。
俺は給水塔の壁の奥に座り、ごろんと横になった。
空を見上げると穏やかな秋の日差しが降り注ぐ。
(気持ちいいー…。)
俺はうとうとと目を閉じた。

「ダーリン、見つけたーー!」
「い゛ぃっ?!」

突然聞こえてきたその声に飛び起きる。
すると明るい日差しを背に仁王立ちするラムが目に飛び込んできた。
「サボるつもりけ?」
両手を腰に何だか偉そうに聞いてくる。
「お前…なんでここが…。」
「ダーリンがサボるときは屋上か校舎裏のどっちかだっちゃ。」
ふふん、と胸を張ってラムが答える。
「うちはダーリンのことなら何でもお見通しだっちゃ!」
何を偉そうに、こいつは…。
はぁ〜…と大きくため息をついた。
返答がないのをいぶかしく思ったのか、ラムは俺の横にちょこんと座り、
首を軽く傾げて問い掛けた。
「ダーリン、どーしたっちゃ?どこか調子悪いのけ?」
ちょっと眉をひそめて心配そうに言う。
俺の額に手を当てて熱を診ようとラムが少し前かがみになると、
再び白い首筋が目に入ってきた。
制服の大きな襟がずれてなだらかな胸元がちらつく。

(どーこが「お見通し」なんだか…。)

無防備に近寄ってくるコイツは、俺の考えてることなんて全然分かってないんだろうな。
他の奴らの騒ぐ声からも車が通る騒音からも隔離された2人だけの空間で、
もう気を紛らわせる術はない。
だったらいっそ…。
俺はあぐらをかいて顔を伏せたまま、ラムに話し掛けた。

「なぁ。」
「なぁに、ダーリン?」
「昨日さー…。」
「うん?」
「弁天様に何された?」
「え…?」

そこまで聞いて、俺は一旦質問を止めた。
ちらりとラムの様子をうかがうと、頬がほんのり赤くなっていた。

「な、何ってー…。」
「跡が残ってたってことはさぁ、他にもナンかされたワケ?」
「他って…、ダ、ダーリン、何ゆってるっちゃ、もーーーっ!」

真っ赤になって俺をグーで殴ろうと振り上げたラムの両手を簡単に捕まえ、
軽い身体を自分の方へ引き寄せた。
突然の俺の行動に思考がついてこないのか、ラムは俺の腕の中で
「ダーリン、ダーリンってば…っ!」とじたばたするだけ。
それをぎゅっと抱きしめて、あがくのを強引にやめさせた。
少し間をおくと、先よりは落ち着いたラムが、
「別に…何もされてないっちゃ…。」
消え入りそうな程に小さな声で一言。
「本当か?」
「当り前だっちゃ…。」
腕を緩めてラムの様子を見る。
自分を押さえ込む力が弱まったことに気づいて、ラムが恐る恐る顔を上げた。
その上目使いの大きな瞳と、自分の視線が合う。
「怒ってるっちゃ…?」
不安げに聞いてくる。

別に怒ってなんかいない。
そうじゃなくて。

ラムの両肩を軽くつかんだ。
密着していた身体を少し離すと、俺はラムの右の首筋にすっと唇を寄せた。
「あ…っ。」
小さく漏れるラムの熱を帯びた声。
そこは想像以上に薄くて柔らかい。
思い切ってきつく吸ってみると、すぐそばにあるラムの顎がぴくりと上がり、
両手を置いた肩が少し震えた。
少し経って唇をゆっくりと離すと、糸を引いた先に見えるのは、

白い首筋に映える淡いピンク色の跡    

俺はもう一度同じ場所に唇を寄せると、
それを舌で舐めてから、
ラムの肩を押して身体を離した。

「ダー…、リン…?」
ラムのかすれた声が背後から聞こえる。
俺はすくっと立ち上がり大きく背伸びをした。
「ってと、教室に戻るぞ。」
わざと大きい声で言ってすたすたと歩き出す。
「え…、ダーリン、ちょっと待ってっ!」
俺の後に続いて慌てて立ち上がり、ついてくる。
そんなラムにはお構いなしに俺は屋上の扉を開けて階段を下りていった。


まだみんなは授業中で、階段を下りる間、誰とも会わない。
「ダーリン、さっきのってー…」
言いかけたラムの目の前に、俺はバンソーコーを1枚つきつけた。
「貼っとけよ。」
後ろを振り向きはせず、バンソーコーの感触が指先から消えたのを感じると、
自分の顔が自然とにやけるのが分かった。





(終)

いつもたくさんの素敵イラストを見せてもらっているA☆KIRAさんにお礼を、と思い、
ご希望のネタをうかがったら「あたる君の知らないうちに、ラムちゃんの首筋にキスマークがあったら…」
というお返事が…。で、挑戦してできたのがこの話です。

2人になったらダーリンがどうするかでちょっと戸惑いました〜。
…あれだけですっきりさわやかに教室に戻れるのか???
いやしかし、人様に贈るのにそのまま押し倒すよーな話はどうだろう(-_-;)
と考えた末、何故か気が済んでしまうダーリンとなりました(汗)。
まぁ屋上だし、とか…その他諸々ひっくるめて☆

A☆KIRAさんがHPに展示して下さっている方には、A☆KIRAさん作の素敵挿し絵が付いていますので、
是非そちらをご覧下さいー。

というワケで、このお話はA☆KIRAさんに捧げます(*^_^*)


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