俺は、まあるい窓から外をぼんやり眺めていた。
何分何十分と見続けていても、そこから見える景色は全く変化がない。
底のない真っ暗な闇と、点々とちらつく星々だけ。
今日が西暦何年の何月の何日で、今が何時何分なのか。
もう分からない。
振り返って部屋の壁を見る。
ドーム状の壁に掛けられた時計の針は最初から時を刻んではいない。
目の玉だけを動かして室内を見渡す。
何もない部屋。
あるのは顔のすぐ横にあるこの丸い窓と、視線の先に見える四角い扉だけ。
俺はため息をついて、また窓の外をぼんやりと眺めた。


「だぁりんっ♪」
シュンッと自動扉の開く音とともに、ラムが明るい笑顔で入ってきた。
手にはトレーを持っており、そこにはガラスのコップと小さな器が載っている。
ぴるるるるる…。
ゆっくりと俺のそばへ飛んできた。
碧の髪をふんわりと漂わせて、俺の前にちょこんと正座する。
「ダーリン、ご機嫌いかが?だっちゃv」
にっこり微笑んでから大きな瞳をくるっとさせて、上目遣いに俺を見る。
「…機嫌なんか、いいわけないだろ…。」
そう言って睨み付けると、ラムはきょとんとして小首をかしげた。
「お前なぁ、いい加減にしろよ!
一体いつまでこんな所に人を閉じ込めておく気だ!」
その言葉を無視してラムは視線を落とし、俺の両手の傷に気づいた。
「あん、ダーリンったら!」
ラムが俺の手を取って、自分の掌で包み込む。
ラムの手はひんやりと冷たい。
「また窓ガラスを叩き割って、UFOから逃げ出そうとしたっちゃ?
もぉ、そんなことしたってダーリンの手が痛くなるだけだって何度も言ってるのにぃ…。」
そこで言葉を切った。
俺の手を自分の顔の前に持っていき、血のにじんだ俺の手の甲をぺろりと舌で舐める。
「手で叩いたくらいで壊せるようなガラス窓じゃ、宇宙を飛べるわけないっちゃ。
いい加減、バカな真似はやめるっちゃ。」
ラムはぺろりぺろりと俺の手の甲を舐め続ける。
「…っ、やめろっ!」
俺はぞっとして、慌ててラムの手を振り払った。
「きゃあっ。」
俺が手を引っこ抜いたので、ラムの体は大きく前後に揺れて、そのまましりもちをついた。
「もぉ、ダーリンったら…。」
ラムはふぅ…っと大げさなため息をつく。
(微かにカチリとガラスの当たる音がしたような気がした。)
瞼を閉じて、そしてまた開く。
「ホント、馬鹿なダーリン…。」



ラムの深蒼の瞳がまっすぐに俺を見る。
そのあまりにまっすぐで真剣な、そして熱い眼差しから、
俺は目を逸らすことができない。



身動きのできない俺の首に、ラムの両腕がすっと伸びてくる。
ゆらりと動く細くて長い指が俺の首の後ろで絡められ、
そのままラムの顔が近づいてくる。



ラムのふっくらとした柔らかい唇が自分の口に触れた。
そしてすぐ口付けが深くなる。
ラムは顔を傾け、両腕で俺を引き寄せ、貪るように唇を合わせ続けた。



お互い呼吸をすることも忘れて、お互いの味を確かめ合う。
動かない時計だけに見守られて何もかも忘れて。
何もかも忘れて。
何もかも忘れて。



口付けに没頭していた俺の口内で、ラムの舌がそれまでと違う動きをしたのに気づいた。
そしてひんやりとしてどろりとした何かが、俺の口の中に流し込まれた。
「…っ!?」
その気色の悪さに俺はびくりと体を震わせ、唇を離そうとした。
しかしラムはさきよりももっと強く俺を抱き寄せ、口付けをやめようとしない。



怖くなって力ずくでラムを引き剥がそうとしたとき、俺はとっさにその「何か」を飲み込んでしまった。



俺の喉をソレが通過したのを見計らって、ラムは両腕を解いた。
「ラムっ!お前、何を飲ま…っっ?!」
言いかけた瞬間、俺の視界は360度ぐるりと回転した。
そして全身の力が一気に抜けて、俺の体が壁にもたれたままずるずると崩れ落ちる。
俺の意思を無視して、呼吸が荒くなり吐く息が熱を帯びる。
力の入らない全身を妙な感覚が襲って手も足も肩も指先までもが震え出した。
視界がだんだんぼやけてきて、意識が朦朧としてくる。
体中から冷や汗が噴きだし、例えようのない恐怖感を感じた。
瞼がだんだん重くなってくる。
ここで閉じたらもう二度と目が開かなくなるような気がして、俺は瞼に力を込めた。



「ダーリンv」
霞がかった視界の奥に、にっこり微笑むラムの姿が見える。
さっきまで真正面にいたはずなのに、今はずいぶん離れて見える。
俺はすがる思いでラムの名を呼んだ。
「ラム…。」
そう一言言うだけでこんなに息が苦しいなんて。
頭が重い。体が重い。瞼が重い。
「ラ、ム…。」
ありったけの力を振り絞ってその名を呼んで、懇願した。
「ラム…頼む…か、ら…止めて…れ、助…け…、」
口がうまく動かない。舌が回らない。
「ふふふ、だぁりんv」
嬉しそうに笑うあいつの顔と声。
そして最後に聞いた言葉。






「愛してるっちゃ。」





俺の意識はそこで途切れた。




















どきどきどきどき。
ラムがそっと手を伸ばし、あたるの顎をとる。
くいっと軽く上を向けて自分の方にあたるの顔を向けた。
そして深呼吸してから、



「ダーリンv」



と呼びかけた。


あたるの目がぱっちりと開き、瞳がラムへとまっすぐに向く。
「わぁ……vv」
ラムは頬を紅潮させて、あたるに飛びついた。
しばらくあたるの胸に顔をうずめる。
それから体を離し、再びあたるの顔を見つめた。
「ダーリン、愛してるっちゃ…。」
両腕であたるの体を引き寄せ、首の後ろで両手の指を絡める。
ゆっくりと瞳を閉じて顔を近づけていき、あたるに口付けた。



あたるは瞬き一つしなかった。
開いたままの瞳はただのガラス球のようで、何も映さない。



ラムはまっすぐ自分の方を向いたあたるを愛おしそうに見つめた。
絡めていた指を解いて、左手をあたるの肩におく。
そして右手をあたるの左頬に添えた。
あたるの体の線に沿って右手をゆっくりと下の方へ滑らせていく。
その指先は首筋をなぞり鎖骨の窪みを撫でて、そして服のボタンを順に外していった。
服が肩から滑り落ち、床に擦れた音がすると同時に、ラムはあたるの体を、
傷つけないようにそっと床に押し倒した。









         ダーリンの目はまっすぐにうちだけを見て、他には誰も映さない。
         他に誰もいない2人だけの場所で、うちとダーリンはずっと愛し合う。
         
         ダーリンはうちのもの。        
         誰にも渡さない。
         うちだけの、もの。 




(終)


イメージソングは「王国」(谷山浩子)でお願いします(笑)。

7年前に出した個人誌(同人誌)に漫画で描いて載せた話です。
「ダーリン激ラブ部屋」とこことどっちに載せようか迷ったけど、こっちに載せることにしました。

ラムちゃんという女の子をどう捕らえるか。
人それぞれのラムちゃん像があると思うのですが、私は自分の中にいろんなラムちゃんがいます。
この話もその中の1人です。

「ラムちゃんは天使のようだ。」と言われると私は否定したくなります。



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