☆ 決心?そして・・・ ☆

朱や黄に色づいた葉がはらはらと舞う。風はちょっと強いけれども、友達と固まって歩けばさほど寒くはない・・・。
そんな季節のある日。
友引高校も今は大きな行事もなく、今日は土曜日ということで、昼過ぎから数人寄り添うようにして歩く女生徒や、背中を丸くして早歩きする男子生徒、そんな光景を伺うことができる。
「お〜寒っ!しかし明日は日曜で補習もなし!近くにラムの姿もなし!速攻で帰ってガールハントに繰り出すのじゃっ」
お気楽浮気男は足取りも軽快に家路を急いでいた。
「ただいま〜」
一気に階段を駆け上がり自分の部屋のドアを空ける。
「それじゃラムちゃん明日の晩には戻ってくるさかい」
「ラムちゃん ほならいってきます」
「ごゆっくりだっちゃ」
ラムとジャリテンとその母親だ。
テンの母が運転するバイクは、緊張のあまり硬直している息子を乗せ、爆音とともに空のかなたへと消える。まさに、あっという間の出来事であった。
???状況がさっぱりつかめない。
「ん?なんじゃい、ジャリテンが乗っておったようだが・・・」
制服を脱ぎながらラムに尋ねる。
「テンちゃんは、おば様と二人で旅行に出かけたっちゃ、明日の夜まで帰ってこないっちゃ」
「ほ〜お・・・珍しいこともあるもんだ」
この後のガールハントのことで頭の中が一杯の俺は、適当に返事をした。
ジャリテンがどこに行こうが俺の知ったことではない。なにより生意気なガキがいなければ平和に過ごせるというものだ。
ま、からかう相手がいなくてちょっとは寂しいかな?
さ〜て、どうやってラムを撒こうか?とか考えながら横目でラムを見る。
ラムはバイクが飛び去った空をにこにこと眺めている。ずいぶん機嫌がよさそうだ。ジャリテンがいないことがそんなに嬉しいのだろうか?
「ねえダーリン・・・」
ラムは突然甘えた声を出す。
(まずい・・・)
こういう声を出す時はろくなことがない。俺はラムの方を見ずに努めて冷静を装った。
「うちらも旅行に行くちゃ!」
「は?」
『デートに行くっちゃ』とかの類を予想していた俺は、それを上回るラムの台詞に即答できなかった。
「うちらも、ふたりっきりで旅行に行くちゃ!」
何を考えてんだ?
「り、旅行って・・・泊まりでか?」
「もちろんだっちゃ!」
・・・あいかわらず、突然わけのわからんことを言う奴だ。
「いきなり何を言い出すんじゃ!だいたい二人で家におらんかったら母さんも変に思うだろうが」
ラムは俺の言い分が全く耳に入っていないようで、これ以上ないくらいの笑顔で話を続ける。
「コピーを置いとくから大丈夫だっちゃ」
「コピー?」
ああ、あの頭にダッシュのついたやつか・・・と、過去のあほらしい記憶が蘇ってくる。
うちの両親ならダッシュがついていても『あたる!何つけてんの』程度で大騒ぎはしないかもしれない。
「だからいいでしょ?ねっ?」
「そ〜ゆう問題ではない!だいたいなんで俺がラムと旅行に行かねばならんのだ!俺はこれからガールハントに・・・」
ラムの表情が急変する。
(まずい!電撃が・・・)
俺は思わず目を閉じて身構えたが、ラムにその気配はなかった。
(あれ?おかしいな・・・)
ゆっくりと閉じた瞼を開けると、ラムの怒りの形相は嘘のように消えており、拍子抜けした俺にあくまで下手にでる。
「ちゃんと地球の女の子らしくするからお願いだっちゃ!」
ん!?そう言えば・・・って今ごろ気づく俺もなんだが。
たしかに今日のラムはいつものスタイルではなく、ツノを髪で上手く隠し、きちんと服も着ている。正直なところかわいい・・・。少なくとも宇宙人には見えない。
「しかし、突然旅行に行くっつっても・・・」
「うちが予約してあるっちゃ!しのぶに借りた本を見て探したんだっちゃ。だからダーリン一緒に行こ?」
「いや、しかし金も無いし・・・」
「お金のことは全然心配いらないっちゃ!うちの貯金があるっちゃ!!」
俺の反論は素早く返されてしまう。これは前々から周到に仕組まれた計画的犯行のようだ。なんとか切り抜ける方法はないものか?
「あのなあ・・・若い男女がふたっりっきりで一泊旅行がどういうことかわかっとるのか?」
「どーゆーことになるっちゃ?」
間髪いれずにラムが言う。
「ぐっ・・・いや、それはだな・・・」
言わなければ良かったと後悔したが、既に後の祭りである。
ラムに世間一般常識を正しく教えるのはかなり難しい。特にこういう内容の場合は・・・。
俺は今のところ、これ以上の関係になる気は無い。それはラムのことをどう思っているかとかいう問題ではなく、一線を超えることは俺に対するラムの気持ちが、というよりは俺自身が・・・ってえ〜いわからん!しかし、一泊旅行などという条件が揃うと、その気持ちが揺らぐ可能性も・・・・・・。
(いかん!何を考えてんだ!俺とラムが?そんなことは絶対ありえない!考えたこともない!本当だぞ!あるはずがないじゃないか!どわっはっはっはっはっ・・・)
俺は一瞬浮かんだ妄想を消し去った。しかし・・・・・・。

「うわー 結構きれいなとこだっちゃ!来てよかったっちゃね、ダーリン!」
「・・・まあな」
俺としたことが、ラムのあまりにも用意周到な計画に圧倒され、結局来てしまった・・・。俺は自分の行動を嘆いたが、時すでに遅し。
今日のガールハントへの未練は大きかったが、いざこうして着いて旅館を眺めると、たまにはラムの勢いに乗って、こういうのもいいかもしれない・・・と思い始めていた。
その旅館は、露天風呂を売り物に最近オープンしたばかりで、なかなか近代的な造りになっており、さほど大きな建物ではないが、辺りにこれといった大きな建物がないせいで、なかなかの貫禄を醸し出していた。
「お待ちしておりました。さ、こちらへどうぞ」
俺たちは結構広いロビーの奥にあるフロントに案内された。早速ラムはチェックインの手続きをしている。普通こういった手続きは男がするものかもしれない。しかし、ここで俺が率先して動けばラムのやつを喜ばすのがオチだ。
動くわけにはいかない。俺はあくまでもラムに無理やり連れてこられたのだから・・・。
何気なしに覗いてみると、名前を記入する欄には「諸星あたる」「諸星ラム」と書いてあり、年齢はふたりとも20歳となっていた。
(う〜む・・・・・・たしかにこういう場合こう書いたほうがいいかもな・・・しかし・・・俺たち夫婦に見えるのか?だいたい3年もさばを読みおって・・・)
「お部屋の方は720号室になっております。そちらのエレベーターで・・・」
フロントの男はラムに部屋の説明しているが、その時俺の頭の中には恐るべき事態が浮かび上がってきていた。
(部屋・・・ラムのことだから一緒の部屋なのはまちがいあるまい・・・・・・ま、まてよ、ま、まさかあいつダブルにしたんじゃ?)
「ダーリン!部屋はこっちだっちゃよ」
ひとりうろたえる俺を知ってか知らずか、ラムが俺の手を引く。
「ああ・・・」
生返事を返すものの、こうなってしまってはついて行くしか俺の取るべき道はない

そうこうしているうちに720号室の前に着いてしまった。ラムがカード型のルームキーを俺に渡す。
「はい、ダーリン」
「い、いやラム、おまえが開けなさい。」
「なんで?ダーリンに開けてほしいっちゃ」
・・・断る理由が浮かばない。え〜いどうにでもなれっ!と俺はロックを解除してドアを開けた。

開ける直前に閉じた目をゆっくりと開けると・・・。
部屋は恐れていたダブルではなくツインルームであった。左側にベットがふたつ並んでいる。
俺は少し、いやかなり安心した。
カバンをベットの下に置き、ふたり向き合うように腰掛けた。
大きめの窓から差し込む日差しはもう赤みがかっている。ベットに備え付けられたデジタル時計を見ると4時30分を示していた。
夕焼けの日差しはラムの蒼い髪を違った色合いに見せ、普段と違う髪形は俺の目には新鮮に映った。少しばかり動揺が走る・・・おっとっと、いかんいかん。
どうやらラムも少し緊張しているようで、部屋に入ってから俺の顔をちらちら見るだけで一言も話さない。
沈黙の時が流れるにつれ、慣れた自分の部屋ではない空間にふたりっきりという空気がただよいはじめる。こういう雰囲気は苦手だ・・・。
「さ〜てせっかくの温泉じゃ、フロにでも入ってくるか!」
その空気をふりはらうように、わざと大声で言った。ラムはちょっと驚いた様子だったが、くすっと笑った。
「そ、そうだっちゃね!うちもお風呂に入ってこよーっと」
どうも今日は調子が狂ってしまっている。風呂にでも入れば落ち着くかもしれない。
俺がさっさと用意をすませ部屋を出ようとすると、ラムがあわててかけよってきた。
「うちもいっしょに行くっちゃ」
「いちいちついてくるな!フロは男女別なのだから一緒に行ってもしょーがなかろ?」
「もう!せっかくふたりっきりで来てるのに・・・そんなこと言わないで一緒に行くっちゃ」
ラムは引き下がらない。半ば予想はしていたが、いつものやり取りにちょっと安心した。
「しゃーねえな・・・早く行くぞ」
「うん!」
本当に嬉しそうである。まったく鬱陶しいことこの上ないが、この笑顔を見せられると悪い気はしない。
俺たちは浴衣に着替えて一緒に部屋を出て温泉大浴場へと向かった。
ラムは俺の左側を空中に浮くことなくきちんと歩いている。なんか、変な感じ。
(ラムのやつ普通に歩いとるな・・・『ちゃんと地球の女の子らしくするからお願いだっちゃ!』などと言っていたが、徹底しとるということか・・・)
今更言うのもなんだが、どちらかというとラムは普通の女に化けた方が、俺の好みなのは事実である。しかも浴衣姿のラムは、俺にとっては普段のトラジマビキニよりも男心をくすぐられた。こんな女なら誰の目から見ても相当魅力的に映るだろう。
「じゃ、ここでお別れだっちゃ」
「あーわかったわかった。先に部屋に帰ってるからな」
口ではぶっきらぼうに答えたが、俺はラムが女湯ののれんを潜って中に入るまで軽く見送った。俺はラムと別れて男湯へ向かい、さっそく温泉に体を沈めた。ちょっと熱めであったが、諸星家の風呂とは違った心地よさが全身を包む。
「ふ〜たまには温泉もいいもんじゃ!」
俺は肩まで湯につかり軽く息を吐いた。
一緒に温泉に来たことを既に後悔はしていないが、よくわからないのは、ラムの意図である。なぜ、突然旅行に行きたいと言い出したのか?しかも予約までして、俺がどうしてもいやだと言ったらどうするつもりだったのだろうか?
(う〜む・・・)
ごく普通の恋人同士なら、この展開なら絶対に関係が進展するはずである。考えにくいことだが、ラムが今以上の関係を望んでいるということも可能性としてはゼロではない。
(ま〜あいつのことだから何にも考えておらんと思うが)
俺はそれ以上考えるのをやめた。ありえないことを考えるのは俺の性分ではない。
俺はそのことを考えまいと湯の中に潜ったりしてみたが、頭の片隅に残ったその考えを完全に消し去ることはできなかった。


その後、部屋での夕食となった。何か落ち着かないまま、ただがつがつと口に運んだ。そんな俺を眺めるラムのちょっと照れたような表情が目に映る。
「けっこうな料理じゃな〜・・ここ、けっこう高いんじゃないか?」
「ううん。最近はお客さんの取り合いでどこも安いんだっちゃよ」
「ほ〜お」
会話らしい会話はそんなものだった。
無言で食べる俺を見続けるラムが、今日はどこかしおらしく感じる。
食事中、何度か目が合ったが妙に照れくさく、俺はそのたびにわざとオーバーに視線をはずした。
自分のラムを見る目が普段と違うような気がしてならなかった。

その後、喉が乾いたのでジュースを買いに行った。
ラムは俺の左腕にしがみつく様にして歩いている。
「ダーリンv」
「何だ?」
「楽しいっちゃね!」
俺は返事をしなかったが、照れてしまった俺の表情を見てラムがにこっと微笑んだ。
「おい!べたべたくっつくな」
口ではそう言ったが、俺は無理にほどこうとはしなかった。
すれ違う他の男性客の視線がラムに注がれ、隣の俺を見て舌打ちする様が、実のところプライドを刺激して気分がいい。
そりゃあそうだろう。顔はもちろんスタイルも抜群、性格はちょっとアレだが・・・まあ、面堂やメガネが騒ぐだけのことはあるかもしれない。
(かっかっかっ・・・ラムと一緒に歩いてこんなにいい気分になったのは初めてじゃ!)
これで怒りっぽい性格と、爆発激辛料理と、電撃が無けりゃな・・・俺ももう少し・・・あれ?そういえば今日はまだ電撃をくらってないな・・・。
「なあラム?」
「なんだっちゃ?」
「そーいや今日はまだ一回も・・・」
言いかけたその時、ちょっと先を風呂上りの女性が通りすぎる。しかも俺好みの美人!
「お・じ・ょ・う・さーん!」
直前までのいい気分とは別の、もうひとつの自分にスイッチが入る。
俺はラムを振りほどき、速攻で美女のもとへ向かう。
「ダーリン!!」
ラムの叫び声を尻目に、すばやく物陰に隠れてやり過ごす。
「ぶわ〜かめ!そう簡単につかまる俺だと思うか!!」
まんまとラムの追跡をかわし反対方向に進もうとしたが、聞き流せない悲鳴が俺の足を止める。
「・・・っちゃ!はなすっちゃ!!」
それはまぎれもなくラムの声だった。
何やら騒々しい。
「なにするっちゃ!!」
ラムを撒いた場所に戻り様子を伺う。どうやら酔っ払った男ふたり(40代半ばだと思うが)がラムにちょっかいをかけているようだ。
(ん・・・?ただの酔っ払いか・・・しかしラムにちょっかい出すとは愚かな・・・3秒後には電撃の餌食じゃ)
普段、ラムの電撃の威力を身をもって体験している俺は余裕で見物を決め込んだ。しかし、しばらくしてもラムは電撃を出す気配は無い。
「あのバカ、何やっとんじゃ」
徐々に不安が頭をもたげる。その時ラムの髪がほどけた。
「!?」
ラムの頭には、あるはずの2本のツノがなかった。
(何だ?あいつ・・・ツノが無いじゃないか!)
今日のラムは、地球人らしく見せるとツノを隠すヘアースタイル(牛に噛まれた時の髪型)をしていたが、本当はツノが抜けていたのを隠すためだったのだ。今日たびたび感じていた違和感、空を飛ばずに歩いたり、怒っても電撃を出さずにいたのは、地球人らしく振る舞うためではなかったのだ。
となれば、今、酔っ払いにからまれているラムは、ごく普通の17歳の女の子にすぎない。
俺は3人の前に姿をあらわした。

「なんだァ? このねーちゃんの彼氏ってやつか?」
「兄ちゃんにこの女はもったいねえよ・・・ほれ!向こうにいけ」
酔っ払いふたりはラムから離れようともせず、好き勝手なことをわめいている。
「ラムを離せ!」
俺の言葉を無視して男は左手でラムの口を押さえ、もう一方の手でラムの腰を掴んで抱き寄せた。
「ん〜・・・げほっ・・・・・・っつ」
ラムは声を出すことができない。ツノが無いせいで得意の電撃を出すこともできない。男を振り払おうともがく様は、あたるの心の奥底をチクチクと刺激した。
「そうそう・・・ガキのくせに色気づきやがって・・・」もう一人がラムの胸に手をかけた。
瞬間、感情が爆発した。
「きさまッ!!俺の女に!!!」
気が付くと、俺は胸に手をかけた男とラムの間に割り込み、その手首をぎりぎりとねじあげていた。
「いっ・・・痛え!離せっ、この・・・」
言い終わる前に、俺の右ストレートが男のアゴを打ち抜いていた。そして腹にもう一発。
「ラムに触るなっ!!」
「むぐっ・・・ダ・・・ダーリン!!」
男の手から逃れたらしいラムの叫び声が聞こえる。
俺が殴った相手は腹を押さえてうずくまっている。もうひとり、ラムを押さえつけていた酔っ払いはどこだ?
突然、背中に強い衝撃を受けた。もう一人の男が俺の背後に回って足蹴りを喰らわせたのだ。
俺はバランスを崩して、頭から壁に激突した。その時、おでこに何か硬いものにぶつかり、ガシャンと何かが割れた音がした。
《ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ・・・・・・》
俺の頭が当たったのは火災報知器で、今の衝撃で作動してしまったようだ。
「お、おい、まずいぞ!」
「早くしろ」
酔っ払いセクハラ男二人はよろよろしながら逃げ出していった。俺たちも早くここから立ち去ったほうが良さそうだ。
「ダーリン!!大丈夫だっちゃ?」
ラムは目に涙をためている。自分がからまれたからか、俺が蹴飛ばされたからか?
「ん・・・竜ちゃんのパンチやサクラさんのケリに比べたらなんてことないわい・・・それより俺たちも逃げたほうがいいな」
「うん・・・ダーリン立てる?」
自然、手をつないで逃げ出した。途中ですれ違った他の客は、全速力で走る二人に怪訝な眼差しを向けたが、俺たちは一向にかまわず自分の部屋に滑り込んだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・」
走ったあとの息使いだけが、静まりかえった部屋の中に響く。火災報知器のサイレンは既に収まっている。
「もう大丈夫だろ・・・・・・そういえば・・・おまえ、何でツノが無いんだ?」
「今朝起きたら、抜けてたんだっちゃ・・・うちら鬼族はたまに生え変わるんだっちゃ・・・」
「それは知っとるが、何で俺に言わなかったんだ?」
「・・・だってダーリンに言ったら、ここぞとばかりに女の子にちょっかい出しまくるに決まってるっちゃ」
「あのな!」
一瞬ムカッときた。が、そんなことは今はどうでもいいことだ。
「・・・・・・ま、いいや・・・それよりケガはないのか?」
「うん・・・大丈夫だっちゃ・・・でもダーリンが助けてくれなかったら・・・」
「ダーリン・・・」
「・・・なんじゃい」
俺は正面を向いたまま、愛想のない返事をした。なんだか恥ずかしかった。
ハンマーならともかく、人を殴るなんて・・・これほど我を忘れて行動したことがあっただろうか。拳にはまだ熱を持ったようなほわんとした感覚が残っている。
「ありがとだっちゃ・・・・・・うち、ものすごくうれしかったっちゃ・・・こんなにうれしかった事は生まれてはじめてだっちゃ・・・」
俺はこのラムのセリフに素直に感動した。
空を飛べない、電撃も出せない普通の女、ラムを俺は守ることができたのか?
その自分自身への問いは、横にいるラムの表情を見る限りできたと判断してよさそうだ。
(いちいちオーバーなんだよな・・・まったく)
と、思いながらも心の底から嬉しさがこみ上げてくる。今日の俺はその嬉しさを素直に受け入れることができた。
ふたりの荒い息使いは既に収まり、静寂が訪れている。
部屋のドアを背にして寄りかかっている俺の目の前にラムはいた。
部屋の明かりはまだ点けておらず、わずかに奥の窓から外灯の光が差すのみの空間。
乾きたての髪からは心地よいシャンプーの香りが鼻腔を擽り続け、俺の感覚を鈍らせていた。この暗がりの中では髪の碧も意味をなさず、象徴的なツノも無いラムの顔は、初めて目にするものと錯覚するほど別人であった。
「ラム・・・」
「ダーリン?」
声までもが普段と違って耳に届く。
俺はラムの唇を塞いでいた・・・。

さっきの奮闘の余韻が残っていたのだろうか、俺は自分からキスをしたことにひどく驚いていた。そして全身を包み込むような幸福感、と同時に高まる高揚感に・・・。


俺の中に膨れ上がる衝動・・・。すぐ目の前にはラムがいる。
(俺は・・・おまえを・・・・・・)
俺は再びラムの唇を塞ぎ、腰に回していた手を左肩に移動させ、さらにその手を胸の膨らみへと下げていった。
「!?」
ラムはびくっと体を強張らせて俺から離れた。
(しまったあああ!!)
瞬間、心の中で叫んだ。
「ダ、ダーリン!うち汗かいたっちゃ、ちょっとシャワー浴びてくるっちゃ!」
ラムは上ずった声でこう言うと、ベッドの下に置いてあったカバンからパジャマをあたふたと引っ張り出し、あわててバスルームに逃げ込んだ。

ドキドキドキドキドキ・・・・・・
鼓動が高まっているのが自分でもはっきりとわかる。
ラムは自分を少しでも落ち着かせようとシャワーの水圧を強めにして、自分の首から下に向けた。ちょっと熱めのお湯が胸のあたりに当たって心地よい。
(ダーリン・・・ひょっとして・・・・・・・・・・・・・・・!!!)
ラムはシャワーをいったん止めて、正面にある小さな鏡を見つめた。
(うちは・・・・・・どうしたらいいっちゃ・・・・・・)

ラムが逃げ込んだバスルームからシャワーの音が聞こえる。
「・・・はは・・・なんか疲れた・・・」
まあラムというのは、普段はあんな格好でうるさいぐらいべたべたするくせに、さっきのような雰囲気になることはこれまで皆無といってよく、たとえなったとしてもああいう態度をとるのは至極自然のことだ。
「今日の俺はどうかしとる」
肩透かしを喰った形になった俺は、独り言を言いながらしばらくその場に呆けていた。
頭が冷静になるにつれ、さっきの自分の行動についての反省会が始まる。だがどう反省しても『後悔』以外の答えはでてこない。
(何であんなこと・・・)
こう言ってはなんだが、向こうからならともかく自分から手を出すなど全く魔が差したとしか思えない。
俺は気分を変えるため、テレビのリモコンに手をかけた。
ピッ・・・
《ああん・・・ああっ・・・・・・もう・・・・・・早く・・・》
時間にして数秒であろうか、俺は硬直し画面を凝視していた。
「どわああああああああああああああっ!!!」

「ふう・・・・・・うち今までこんなこと考えたことないからな・・・・・・」
ラムは軽くため息をつき、独り言をつぶやいた。その時、
《どわああああああああああああああっ!!!》
部屋から突然の叫び声。まぎれもなくあたるの声だ。
「ダーリン!どうかしたっちゃ?」
《い、いや何でもない! あ、いや、・・・どわっ・・・もう何ともない!》
部屋からあたるの弁解じみた言葉が返ってくる。どうも様子がおかしいが、こっちは素っ裸であり、飛び出していくわけにもいかない。

テレビのチャンネルは普通の民放ではなくビデオで、しかもアダルトチャンネルになっていた。俺はあわててスイッチを切る。
(な・・・なんちゅうタイミングの悪さじゃ・・・・・・ま、まさか今のラムに聞こえとらんだろうな・・・)


「おかしなダーリン・・・・・・」
ラムは止めていたシャワーを再び出し、今度は頭から浴びた。緊張してついここに入ってしまったものの、先ほど風呂に入ったばかりなので何もすることがない。
(・・・うちは、どうして悩んでいるっちゃ?・・・何に悩んでいるっちゃ?・・・・・・)
決して広くはないバスルームに水が跳ねる音だけが響いていた。

「あ〜びっくりした・・・」
俺はリモコンを放り投げ、ベットの上に寝転んだ。ごろっと横を向くと、隣のラムのベットが目に入った。
(この部屋で一緒に寝るっちゅうのか・・・)
さっきのキスとビデオの映像という連続攻撃が強烈に頭に焼き付いており、どうしても自分達の姿を重ねてしまう。まあキスは自分からしたのであるが・・・。
気がかりはキスの後のラムの態度だった。あれはどう考えても俺の意図を察して逃げたと見るのが普通である。だが、もし、ラムの態度が違っていたら・・・・・・。
(い、いや、それはない)
俺は自分の妄想を否定した。
さっきの態度からも、ラムにそんな気がないのははっきりしている。今回の旅行にしてもそんなことを期待してのものではないことは十分承知のはずだ。
「結局、ひとりで先走ったちゅうことか・・・」
俺は天井を見ながらつぶやいた。
我ながら自分で信じられないようなことをしようとしたものだ。
・・・そして今夜は何も起こらないことを確信した。

ガチャ・・・
バスルームのドアが静かに開く。何と声をかけたらいいだろう?
「ラ、ラム、何だ、は、早かったじゃないか」
もう落ち着いたと思っていたが、本人を目の前にすると、若干パニック状態の俺は、あたふたと言葉をかけた。
パジャマの上着を羽織っただけのラムはうつむき加減のまま、俺の言葉に答えようともせずにつっ立ている。
「さ、さっきのは気にするな!俺、今日はどうかしてるんだ。き、きっとさっきケンカしたせいだな。」
ラムの態度は変わらない。
「おい、ラ・・・」
突然、ラムは俺に抱きついてきた。抱きついてきたというより、飛びかかってきたといった方がいい位の勢いで、俺達はベットの上に倒れこんだ。
「ダーリン・・・うち・・・」
「おい、どうしたんだよ」
ラムはその問いには答えず、俺の背中に回した腕に力を込めてさらに密着する。
その時、俺の腹のあたりに胸のふたつの突起が当たるのを感じた。
(!?ま、まさか・・・)
「ダーリン、うちはダーリンのことが大好きだっちゃ。これからもずうっとその気持ちはかわらないっちゃ・・・だから・・・」
(だから・・・何だ?)
俺の意識は突起の感触に集中しているが、ここはラムの真剣な訴えを受け止めなければならない。理性を総動員して意識を押し殺し、ラムの頭の上に軽く手を置いて心を落ち着けた。
ラムは腕を緩めることなく胸にうずめていた顔を少し上げ、上目使いに俺の目を見てこう言った。
「だから・・・ダーリンもうちのこと・・・ずっと好きでいてね」
普段のような、俺を縛り付けるような口調ではない。
俺はこの問いに対してどう応えたらいいかわからなかった。そして、この愛の告白に対する自分の頭の中を恥じた。
「・・・ダーリン・・・さっきはごめんっちゃ・・・うち、やっぱり・・・」
下着を着けていないことの解釈に困惑していた俺だが、今のセリフではっきりとわかった。ラムには、そんな気持ちはないのだ。
「い、いや・・・別にあやまることでは・・・・・・俺達、高校生だしな・・・」
俺がそう言うと、ラムは首を左右に振った。
「違うっちゃ・・・うち、鈍感だから・・・ダーリンの気持ちなんて全然わからなかったっちゃ」
「ラム・・・」
ラムの言葉に何と言ったらいいかわからない。
「・・・うちのすべてはダーリンのものだっちゃ・・・だから・・・」
ラムの澄んだ眼差しが揺れている。
「・・・いいっちゃよ」
・・・・・・俺は、震えていた。
決断の時が来たというのか?

俺はなぜか、最後の鬼ごっこのことを思い返していた。
柔らかく包み込むような抱擁に躊躇なく応えた俺・・・。そして・・・
「一生かけていわせてみせるっちゃ」
「いまわのきわにいってやる!」
・・・・・・『いまわのきわ』って今なんじゃないのか?
あのときは、いつなんて考えてたわけじゃなくて、ただ、そのうちいつかは?くらいの気持ちだった。しかし、ラムが全てを俺に委ねようとしている今・・・。
今まさに体中をかけめぐっているこの気持ちを、ラムに言葉にして伝えたことはない。だけどラムだって馬鹿じゃない。俺の気持ちはもう分かっているはずだ。
そう、言葉にしなくたって。
ラムは俺の胸に顔を埋めたままピクリとも動かず、表情を読み取ることはできない。
俺は軽く息を吐き、ラムから目を逸らして天井を見上げ、そして瞼を閉じた。
・・・もう一生こんな場面は訪れないかもしれない。
いつかは言おうと思っていたセリフじゃないか・・・。
なによりラムは俺の言葉を待ってるはずだ・・・。
俺は決心した。
「ラム」
ちょっと間をおいて返事がきた。
「・・・なんだっちゃ?」
「い、いや、その・・・そ、その前に言わんとならんことが・・・」
この期に及んで俺はまた震えている・・・・・・・・・・・・・・・って、あれ?
小刻みに体を震わせているのはラムの方だった。
「おいっ?!どうしたんだよ、震えとるじゃないか?」
「え?あ、あれっ・・・うちにもわからんっちゃ!・・・・・・あっ!きっと湯冷めだっちゃ、きっとそうだっちゃ」
ラムは慌てて体を離してベッドの中に潜り込んだ。
「こ、これで大丈夫だっちゃ」
適温に保たれているこの部屋が寒いわけではない。
大丈夫なもんか・・・。俺は口には出さずに呟いた。
ベッドの中に入ってもラムの震えは止まらかった。体が震えるのは寒さに凍える時だけではないことを分かってないらしい。
自分の中で高まっていた衝動が、急速に冷え込んでいくのが分かった。と、同時に親が愛する子供を慈しむような、不思議な感情が俺を包んでいく。
(・・・・・・ったく、しゃーねぇな)
俺はベッドから降りて震えるラムを抱きかかえた。俗に言うお姫様だっこというやつだ。ラムは大きな目を白黒させながら驚いている。
「ダーリン?」
俺は『お姫様』をすぐ隣のラム用のベッドの上に寝かせた。
「ダ、ダーリン!うちは・・・」
「いーからもう寝ろ」
一言だけ言い残し、俺はラムの温もりの残る自分のベッドに潜り込んだ。
もちろん、眠るために・・・。

・・・静寂だったはずなのに、部屋の空調の音だろうか?やけに大きく聞こえる。
もうあれから一時間位は経ったと思う。
ラムが眠っているかどうか気になるが、俺が背中を向けているのでよくわからない。
かすかに寝息のようなものは聞こえるが・・・。
今夜は眠れそうもない。どうせ明日は帰るだけだ、別に眠れなくても・・・ん?
《ゴソゴソッ》
ラムだ!慌てて寝たフリをする俺。
(トイレか?俺、寝たフリって苦手なんだよなぁ・・・・・・・・・えっ!?)
ラムは、なんと俺のベッドに入ってきた。背中に密着するラムが暖かい。
「ダーリン・・・」
俺が起きてることは既にバレバレのようだ。
「な、なんだ・・・おまえも起きてたのか」
「眠れるわけないっちゃ・・・」
ラムが言葉を発する度に、吐息が背中に温もりを与える。
「・・・さっき、なにを言おうとしたんだっちゃ?」
もう、先ほどまでのテンションは無い。
言えない・・・。
「さあな」
なんて不器用な俺・・・。今ほど自分の性格を恨んだことはなかった。
ふたりとも、しばらくの間だまっていた。
「・・・うちは、ダーリン・・・・・・大好き・・・」
呟くようにそう言うと、俺の首筋にキスをしてそのまま眠ってしまった。
ラムのかすかな寝息が聞こえてきてから、起こさないようにそっと、背中を向けていた体を反転させて向き合った。
幸せそうな寝顔。
・・・可愛い。心底そう思った。
俺が何を言おうとしたのか、気づいたのかもしれない。その事を考えると少しばかり落ち着かない気分だが、もうどちらでも良くなってきた。
見慣れた女にこんなに感情を揺さぶられるなんて、本当におかしな日だ。
ついでに、もうひとつくらい"おかしなこと"があってもいいよな。
透き通るような白い肌、俺はラムの頬に軽く手を置いた。
「ラム・・・好きだ」
俺は呟いた。
相手は熟睡しているし、聞こえたはずはない。
けど、はっきりと口に出した。
相手の耳に届かない言葉に、どんな意味があるかなんて俺にはわからない。だけど、俺は自分の中で勝手に引いていた一線を越えた。


楽しい時間、幸せな時間は早く過ぎるもの。二人は帰り道の電車の中、流れる景色を眺めていた。
ラムは今回の旅行での出来事を、ひとつひとつ思い返していた。
(ダーリンって・・・やっぱりやさしいっちゃ・・・)
あたるはちょっと疲れた表情で、頭を窓に預けてお菓子を食べている。
「ねえダーリン」
「なんだ?」
ダーリンはお菓子の手を止めず、でもこっちを向いてくれた。
目を見ながら、ちょっと声を落として囁くように。
「また来るっちゃ?」
と聞いてみた。
ダーリンは無言で、半ば強引にお菓子をうちに握らせてぷいっと横を向いてしまった。
(ダーリン?・・・ひょっとして後悔してるっちゃ?)
一瞬そんなことを考えた。
そんなうちの気持ちを知ってか知らずか・・・ダーリンは外の景色を眺めながら愛想なく答えた。
「気が向いたらな」
いつもと同じ態度。でも窓に映った表情は?
うちは窓に向かって微笑みを返した。
(おわり)


とーますさんからとってもゲロ甘い小説を頂きました!
ラムちゃんを酔っ払いから守った後のダーリンが、私的には気に入っていますvv
なーんかこう、「男の子だなぁvvv」みたいな。
彼女を守れたことがそんなに嬉しくて、誇らしく思うんだ!
か、かわいい…(#^.^#)

ラブラブお泊り旅行記をありがとうございました(^o^)丿

(管理人;諸星雪華)


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