『ハッピーバレンタイン』(前編)



「何だかな〜…。」
俺は1人呟いて、コタツの向かい側で雑誌を読んでいるラムの方を見る。
「何だっちゃ、ダーリン?」
気づいたラムが顔を上げて聞くが、
「いや、まぁ、何だよなぁ〜…。」
「だから何だっちゃ、ダーリン??」
「…もういい…。」
俺はため息をついて、ごろんとコタツで寝転がった。
ラムに背を向けて。
ラムは2、3度「ダーリン」と呼びかけたが、俺が返事をしないので
また雑誌に目を戻してしまった。
あーあ。



この間ヤったのっていつだっけ。何か結構前のような気がする。
初めてのときはさすがにそうじゃなかったが、2回目以降はあいつの方からすり寄ってきたり、
何となく雰囲気が盛り上がってみたいな感じで、割とすんなりヤれたのに。

コタツが少し揺れたので思考が途切れる。ラムが立ち上がったのだ。
「ダーリン、うちUFOに戻るっちゃね。おやすみー!」
「え?!おい…」
とっさに引き止めようとしたがもうラムは窓を開けて飛び去った後で、
カーテンが風になびいてバタバタと音を立てているだけ。
俺は窓を閉めると、再びコタツの中に横たわった。
「っつーか、何でこんなことで悩まにゃならんのだ!
俺の言うことなら絶対聞くんだから、さっさと押し倒せば済むことじゃねーか。」

いや実際、たったそれだけのことなのだ。
だけど。
「…なーんかタイミングというか、きっかけというか…」
そもそも俺の部屋では邪魔者が多すぎてできん。下には母さんたちもいるし。
漫画やドラマみたいに学校の体育館とか…。
…危険だ…もし万が一メガネや面堂たちに見つかったら殺される。
となると、外しかないよなぁ。
公園…寒い!こんな真冬に外は無理だ。身が持たん!
…ホテル…金が要るな…小遣い前借りしよっかなー…
「あーあ。」
考えるのもアホらしくなって、俺はまた大きなため息をついた。




「…ダーリン…ダーリン…」
「ラ…」
イイところだったのに、気づいたら自分ひとりの布団の中だった。
「ちっ、夢じゃねーか。」
あの夢みたいに、向こうから脱いで迫ってきてくれれば気も楽だよなぁ。
「あたるー!早くしないとまた遅刻するわよー!」
昨日と同じ声が聞こえてきて、昨日と同じようにパンをかじりながら家を出る。
すると昨日と同じように
「ダーリン、おっはよーだっちゃ!」
ラムの明るい声。朝っぱらから元気なやっちゃ。
にこにこしているからすこぶる機嫌は良さそうだ。
…思い切って言ってみるか。
「なぁ、ラム。」
「ん?何だっちゃ、ダーリン。」
こちらを向いてラムがにっこりと笑う。
声に出して言う気は毛頭ないが、やっぱり可愛い。
「あのさー…今度さー…」
ちょっと待て。
俺の足がぴたりと止まった。

朝、顔を合わせて最初の会話が「ヤりたい」はいくら何でも格好悪いじゃないか。
何かもっと違う言い方…うまい誘い方を…。

「ダーリン、今度、何?」
ラムが俺の顔を覗き込んで問い掛ける。
その上目使いのきょとんとした表情がまた堪らなく可愛い。
あーもー、いっそこのまま抱きしめちゃろか。
くそっ何か気の利いた言葉…

「ダーリン、もうすぐバレンタインデーだっちゃね!」
「へ?!」
ラムの声が突然耳に入ってきて、俺はすっとんきょうな返事をしてしまった。
「今年もうち、手作りのバレンタインチョコをダーリンにあげるっちゃ!」
「バレンタイン…?」
「だっちゃ。期待しててね、ダーリン!」
バレンタイン!そうか、もうすぐバレンタインデーか!
頭の中で豆電球がピカーッと光った。
「ふん、どーせお前の作るものなぞ辛くて食えたもんではないわい!」
「何だっちゃ、その言い方はーーっ!」
ラムが頬をぷうっと膨らませて怒った。
でも放電しないから、本気で怒ってはいないのだろう。
ちょっとむくれた顔もまたいいよな、と思ってももちろん言わない。
「俺は事実を言ったまでだ。」
「失礼だっちゃ!うちぜーったいおいしいチョコ作るっちゃ!」
…よしよし、乗ってきたぞ。
「できるもんならやってみい。」
「じゃあもしうちがおいしいチョコ作ったら、うちとデートするっちゃ!」
よっしゃーーっ!
「ああいいだろう。どうせ無理に決まっとるからな。」
単純単純♪
どうせ辛いモンしか作れんだろうが、そん時だけガマンして一口でもかじって
「ウマイ」と言ってやれば、後はどっか適当なトコロに入ればいいんだ!
隣で浮いているラムをちらりと盗み見ると、まだブツブツ何か言っている。
それさえも可愛く思えて、俺はにんまりとした。




2月14日金曜日。今日はバレンタインデー。
あぁ何という都合の良い日だろう。無宗教国日本万歳!
さ〜てラムの奴、どんな激辛チョコを持ってくるだろう。
ま、味はどうでもいいけどな!

「ダーリン!」
ラムが窓から部屋に入ってきた。
「何だよ、ったく騒がしい。」
俺は面倒くさそうにコタツから起き上がる。座ったまま大きく背伸びをした。
「ダーリン、バレンタインだっちゃ!はい、チョコレート!」
手に乗せた小箱を嬉しそうに差し出す。
頬に赤味が差している。ちょっと照れたような表情で。
あぁ、今日は殊更可愛く見えるなぁ。
「うまくできたんだろうな?」
俺はラムの手から小箱を取った。
「もちろんだっちゃ!」
自信たっぷりの返事が返ってくる。
ばぁか、お前がそういうときは今まで大概失敗しとるじゃないか。
包装紙に包まれた小箱には淡いピンク色のリボンが綺麗に巻かれ、その結び目に一輪のバラの造花が挿してある。
花を取ってリボンを解いて…あぁもうじれったい!
包装紙もいっそ一思いに破いてしまいたいが、今ラムの機嫌を損ねるわけにはいかない。
俺はセロテープを爪で丁寧にこすって剥がすと、包装紙から小箱を取り出した。
箱のふたをそっと開ける。
いつもならそれだけでもう強烈な匂いがするはず…だ、が…。
しない。
「ほぅ…。」
ひょっとして本当にうまく作れたのか!?
箱の中にあるのは手の平サイズのハート型のチョコレート。
ハートの表面には白いチョコで
『ダーリン ラブv』
と書かれている。
は、恥ずかしい奴……。
学校の教室で受け取らなくて良かったと、今になってつくづく思った。
「さ、ダーリン、食べるっちゃ!」
ラムがさっきよりも俺の側に来て見つめている。
瞳が文字通りキラキラ輝いている。
俺はおそるおそるチョコレートを手に取った。
…大丈夫、匂いはしないんだから。その分いつもよりはマシな味になっているはずだ…。
ちょっとガマンすれば、その後は…
俺はチョコレートの端をカリッとかじった。
「−−−−−−−−っっ!?」
「ダーリン、どうだっちゃ、どうだっちゃ??」
「…不味い…。」
「え…?!」
辛くはない。辛くはないが、不味い。
何だこれは。言葉が見つからない。
何でチョコレートがこんな味になるのだ。

「じゃあデートはおあずけだっちゃね…。」

ハッッ!!
ラムのその一言に、俺は弾かれたように顔を上げた。
「あ、ま、待て!違う!辛くはないんだ!ただ不味いだけで!」
しまったーーーっ!
ここで誉めなければ俺の目的は達成されないではないか!
「ダーリン…そんな何度も言わないでほしいっちゃ…。うち、一生懸命作ったんだっちゃよ…?」
「いやだから俺は、違うんだ、ラム!」
やばい、ついぽろっと言ってしまった。何とか言いくるめなければ!
でなきゃホントに「おあずけ」になっちまう!
「ラム、あのな…っ」
焦って言いかけて、そこで止まってしまった。
ラムは、俺があまりの不味さに手から落としてしまったチョコレートを拾って箱の中に戻した。
そして黙ってふたをする。
俯いて箱を見るラムの瞳が、何だか潤んでいるような気がした。
心臓にちくっと針が刺さったような痛みが走る。
「…ごめん…。」
自分でも驚くほど素直に、この言葉が口から出た。
「もういいっちゃ…。」
ラムは俯いたままだ。ついさっきまであんなににこにこしていたのに。
ごめん、ごめんな。

俺の手が勝手にラムの肩に伸びる。
俺の腕に勝手に力がこもって、ラムの身体を抱き寄せた。
「ごめん…。」
俺はもう一度言って、ラムの髪に顔をうずめた。
「もういいっちゃよ、ダーリン…。また挑戦して、今度こそダーリンにおいしいって言わせてみせるから。」
さっきよりも声に明るさが戻ってきたようだ。泣いてないみたいだし。
少し落ち着いたら、ふんわりと鼻先に甘い匂いがしてきた。
「…甘い…。」
「何、ダーリン?」
「何か甘い匂いがする。」
「あ、多分チョコレートだっちゃよ。」
ラムが俺の腕の中で顔を上げて微笑んだ。

可愛い。どうしようもなく可愛い。
甘い匂いと、俺の腕の中のーーー…

頭の中がくらくらする。
もう止めようがない。
俺は手をラムの頬に当てると、吸い寄せられるようにラムに口付けた。



(後編に続く)





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