今日は2月10日日曜日。ここは虎縞模様のUFOの中。
ダイニングテーブルにずらりと並べられたチョコレート、ボール、泡だて器、絞り袋にハートの金型…。
それらをじっと見つめる碧の髪の美少女    ラム。
「どーしよっかなー…。」
はぁ〜…と大きなため息を1つついて、またそれらにじっと視線を落とす。
「うちが作ってもダーリンは素直に食べてくれないだろうなぁ。」
目を伏せて考える。
「決めた!」
瞳をぱっと見開いた。
「やっぱり作り方を教えてもらおーっと!」
ラムはテーブルの上の物をガチャガチャと袋に詰め込むと、UFOを飛び出した。


ぴるるるるる…。
ラムはある家の前に降り立ち、呼び鈴を鳴らした。
「今日はー。しのぶ、いるっちゃ?」
すぐに返事が返ってきた。
「ラム?!どうしたの、急に?」
インターホン越しに、しのぶの驚いた声が聞こえる。
「しのぶに用があるっちゃ。」
「う〜ん…、まぁいいわ。今開けるからお入りなさいよ。」
がちゃりと鍵の開く音がして、中からしのぶが顔を出した。
「さぁ、どうぞ。」
「ありがとだっちゃ!」
ラムはふわっと飛んでしのぶの家の中に入っていった。


「で、用って何?」
しのぶはラムを居間に通した。
ラムは柔らかいソファに腰掛け、しのぶがいれてくれた紅茶を飲んでいる。
「うん。…うち、しのぶにチョコレートの作り方を教えて欲しいんだっちゃ。」
紅茶のカップを口元にあててちょっと顔を隠したまま、ラムはしのぶに頼んだ。
ちらりと視線を上げてしのぶの反応を窺う。
「チョコレートって、バレンタインの?」
しのぶが小首をかしげて聞いた。
「だっちゃ。」
ラムはカップをそっと置いて、両手を膝の上で握った。
「ホントはこんなこと頼みたくはないっちゃ。
でも、うちが作ってもダーリンの口に合う味にならないっちゃ。
だから…」
ラムはそこで言葉を切った。
ちょっと悔しそうに、恥かしそうにうつむくラムの様子にしのぶは苦笑した。
そして両腕を胸の前で組んでわざと威張った様子で言い放つ。
「ホントはあたしだって教えたくはないけど、仕方ない!手伝ってあげるわ。」
しのぶの言葉に、ラムはぱっと顔を上げた。
「本当け?!」
「あたしも今、ちょうどチョコを作ってたトコロだしね。」
それを聞いたラムの眉がぴくりと動いた。
「誰にあげるっちゃ?!」
「えっ?!」
「しのぶは誰にチョコレートをあげるつもりだっちゃ?!」
「誰って…」
因幡さんに決まってるじゃない、と言いかけて、しのぶは自分の口を抑えた。
そして、
「ま、幼なじみですからね〜〜。毎年のことだしぃ〜。」
意地悪く笑ってそう言ってから、しのぶはくるりとラムに背を向け、
「さ、こっちがキッチンよ。とびっきりおいしいチョコを作りましょうね♪」
と台所へ入って行った。
ラムはぷぅっと両頬を膨らませて、しのぶの後を黙ってついて行った。


どれくらいの時間が経ったのだろう。
にこにこと満面の笑みのラム、ぐったりと疲れきった表情のしのぶ。
ふたりの目の前にはハート型のチョコレートケーキが2つ、仲良く並んでいる。
「できたっちゃーーーーーーっ!!!!」
ラムが飛び上がって歓声を上げた。
「できた…。」
しのぶがうわごとのように呟いた。
「しのぶのおかげで、今年こそダーリンに喜んでもらえるっちゃ!
しのぶ、ありがとうだっちゃ!」
ラムはしのぶの両手をぎゅうっと握って硬く握手した。
「どういたしまして…。
これならきっとあたる君の口に合うわよ。」
力なく微笑むしのぶ。
ラムに料理を教えるというのはかなりの気力と体力を要するものらしい。
そのことは今の台所内の様子からも明らかであった。
テーブルやコンロの周りに飛び散ってこびりついたチョコレート。
焦げ付いた鍋。
煙が立ち昇るオーブン。
使い終えたボールやら泡だて器やらがぐちゃぐちゃに突っ込まれた流し。
「ふふっ♪あとはきれいにラッピングするだけだっちゃ!」
出来上がったケーキを大事そうに箱に収めて両手で持った。
「じゃ、しのぶ、ありがとだっちゃ!」
心の底からお礼を言って、ラムはしのぶの家を後にした。
「……ちょっとぉ〜…。」
軽やかに飛び去っていくラムの後姿を恨めしそうに見上げるしのぶ。
「キッチンの片付けはどうしてくれるのよ…。」


UFOに戻って、ダイニングテーブルの上にチョコレートケーキの箱をそっと置いた。
「ラムちゃん、それ何や?」
テンがじたばたとラムの元へ飛んできた。
「い〜匂いやなぁ。チョコレートやろ?わいのおやつか、ラムちゃん?」
テンが嬉しそうに箱に手を伸ばした。
「だめっ!」
ぴしゃりとテンの手を叩き、止めた。
「これはダーリンにあげる大事なケーキだっちや!
テンちゃんのじゃないっちゃ!」
ラムは箱を自分の方へそっと寄せた。
「なんやー、バレンタインやな。
あんなアホにラムちゃんの気持ちは通じんでー。
もったいないわー。」
幼児とは思えない口調でラムに話し掛ける。
「ふーんだ、このケーキならばっちりだっちゃ!
なんたってしのぶに教えてもらって作ったんだから。」
「しのぶ姉ちゃんに?」
「だっちゃ。」
ふふん、と得意げに胸を張るラム。
「今年こそダーリンに大喜びして食べてもらえるっちゃ!」
「ふ〜…ん、まぁ頑張ってえな、ラムちゃん。」
どうせ無理やで、と心の中では思ったが決して口には出さないテンであった。


「るんちゃっちゃー、るんちゃっちゃー♪」
ケーキをプレゼント用の箱に入れ替える。
形が崩れないようにそうっと。
ケーキの右上に飾りつけた薔薇のデコレーションに目がいく。
「これ、苦労したっちゃね〜。」
なかなか花びららしくならなくて、何度も練習した。
しのぶは慣れた手つきできれいなチョコの薔薇を咲かせられるのに、
何で同じようにできないんだろう。
しのぶが因幡を思う気持ちに、うちがダーリンを思う気持ちは決して負けてないはずなのに、
きれいな花が咲かないのはどうして?
ケーキの上に薄っすらとかかるパウダーシュガー。
ダーリンの心にうちの気持ちが降り積もりますように…v
なーんて考えていたらついかけ過ぎてしまって、
ケーキの上は一面銀世界に早変わりした。
「あーあ、それじゃあ甘すぎて食べられないわよぉ。」
呆れ顔のしのぶ。
慌てて息を吹いてパウダーを吹き飛ばした。
ケーキのスポンジがなかなかうまく焼けなくて、
ぺちゃんこのままだったり膨らみすぎて破裂したり。
焦げて煙につつまれもした。
しのぶが「お店で売ってるスポンジ使おうか?」と気を使ってくれるのを
「ううん、手作りがいいっちゃ!」とわがままを言って付き合わせた。
今度こそ、今年こそ。
ダーリンに喜んでもらうんだから。
やればできるじゃないかって誉めてもらうんだから。


包装紙はピンク。
白と赤のハート模様の。
紙にしわが入らないように気をつけて包む。
「テンちゃーん、ちょっと手伝ってほしいっちゃ!」
中身がケーキだから箱をひっくり返す訳にはいかない。
テンに箱を持ち上げてもらって、その下に包装紙をくぐらせた。
包装紙の端を金のシールでしっかり留める。
最後に赤いリボンを結んだ。
リボンの結び目に小さな造花を挿す。
「うん、お店で売ってるチョコに負けないくらい豪華に見えるっちゃ!」
そして仕上げのメッセージカード。
ダーリンに手紙なんて書いたことないから、何だか気恥ずかしい。
さんざん迷った挙句、結局一言
「好きです。」
と書いた。
今更だけど、分かってるだろうけど。
伝えたいのはこの気持ちひとつだから。
「早く14日にならないかな〜☆ミ」
大切な贈り物を胸に抱え、窓の外にきらめく星を見やった。


2月13日水曜日。教室の中。
男子も女子も明日に向けて余念がない。
「しのぶ〜、明日は何の日か覚えてる〜?」
あたるがしのぶに擦り寄りながら猫なで声で聞いた。
「やーねー、あたる君ったらー!
覚えてるにきまってるでしょおーーーっ!」
軽く握った右手を口元にあてて頬を染め、大きく開いた左手であたるを突き飛ばした。
「ぐはっ!」
あたるは勢いよく天井にぶちあたった。
ひゅるるる〜、ぽてっ。
「いてて…。」
強打した顔面をさすりながら起き上がると、目の前には女生徒のすらりと伸びた脚が。
あたるはすばやくその脚に飛びついた。
「ねぇねぇ明日さぁ…うげっ!」
顔を見上げるとそれはラムだった。
黙ってじっとあたるを見下ろしている。
「い、いや、何でもない!じゃっ!」
あたるはすっくと立ち上がり、制服のほこりを払ってラムの前をそそくさと立ち去ろうとする。
ラムはやはり何も言わないままじっとあたるの様子を窺っている。
そんな2人の姿を、しのぶはくすっと笑いながら横目で見ていた。
「明日が楽しみねー…。」


その日の授業もいつも通りのはちゃめちゃで終わり、
放課後はお決まりのおっかけっこを済ませ、
ラムはあたると共に(というか、電撃でしとめたあたるを引きずって…)諸星家の玄関をくぐった。
「ただいまーだっちゃ。」
「え〜い、いい加減に放さんかい!」
「はいはいだっちゃ。」
掴んでいたあたるの襟首をぱっと放す。
「いてっ!」
ごんっと鈍い音がして、あたるの頭がコンクリートの床に落ちた。
「あ、ダーリン大丈夫け?」
「急に放すな!」
「ごめんちゃ。」
後頭部をなでながらあたるが起き上がって、先に家に上がった。
「母さーん、今日の晩飯なに〜?」
あたるが台所の方へ足を向けると、
「ダーリン。」
ラムが呼び止めた。
「あ?何だよ。」
「うち、今日はUFOに戻って寝るっちゃ。」
ラムは両手を後ろに組んで、少し後ずさりした。
何かはにかんだようなその仕草にあたるの頭の中で?マークが飛ぶ。
「何だよ、やぶからぼうに。」
「明日、学校でね。おやすみ、ダーリン!」
ラムはにこっと微笑んで、玄関から出て行ってしまった。
「…まあ、別にどーでもいいか。」
あたるは再び台所に向かった。


ラムはUFOに戻って自分の部屋にいた。
ベッドの上に寝そべって足をぱたぱたさせながら、愛しそうに「贈り物」を見つめている。
「ダーリン、どんな顔するかな〜♪」


放課後の裏庭。
大きなくすの木の下で1人ダーリンを待つうち。
「何だよ、こんな所に呼び出して。」
約束の時間に5分遅れて、ダーリンが校舎の影から姿を現す。
「ダーリン!来てくれたっちゃね。」
「当たり前だろ。」
うちはゆっくりダーリンの前に降り立つ。
そして後ろに隠して持っていた物をダーリンに差し出す。
「ダーリン、これ…。」
「え…?」
驚くダーリン。
「一生懸命作りましたっちゃです!」
どきどきして言葉がヘンになっちゃう。
それでますますどきどきして、何だか顔も熱くなってくる。
ダーリンの返事が返ってこないから、うちは顔を上げることもできずに
それを差し出したまま硬直している。
緊張で目も開けられない。
すると突然両手が軽くなる。
「ありがとう、ラム。」
耳に届くダーリンの優しい声。
ぎゅっと閉じていた目を開けると、うちからの贈り物を大事そうに両手で持って
ダーリンがまっすぐにうちを見つめて立っている。
「開けてもいいかな?」
「も、もちろんだっちゃ!」
ダーリンが器用に片手でリボンを解いて包装紙を取り去り、箱のふたをそっと開ける。
甘いチョコレートの香りが立ち昇る。
きれいな薔薇の花と白い粉雪に彩られたチョコレーケーキが、ダーリンの目に入る。
「すごい…。これ、お前が作ったのか?」
「一生懸命作ったっちゃ。」
「おいしそうな香りだな。」
「ちゃんとダーリンの口に合うよう作ったっちゃ。」
「へぇ、お前もやっと俺の好みが分かるようになったんだな。」
「ばっちりだっちゃ!だってそのケーキは…」


リズミカルに動いていたラムの足がぴたっと止まった。


『だってそのケーキは…』


『だって…』


ラムはシーツに顔を埋めた。
そして大きくて柔らかい枕を引き寄せて、両腕でぎゅうっと抱きしめる。
「ダーリンは絶対おいしいって言うっちゃ。」
ごろんと体の向きを変える。
「だってこのケーキは…」


しのぶのケーキの味だから…。


窓の外に見える星が1つ、零れ落ちるのが目に映った。

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