廊下に貼り出された一枚のポスターに、多数の生徒が群がっている。
「『第一回友引高校映画コンテスト』ーーー?!」
「何だこれ?」
「生徒会主催…って、このガッコ、生徒会なんてあったのか。」
「優勝グループにはーーー…購買部の金券一万円分!?」
「い〜のか悪いのかよ〜ワカラン賞品だなぁ。」

人だかりから少し離れた廊下の壁にもたれ、他の生徒の反応を伺っている男子生徒が1人。
眼鏡のレンズに太陽光がキラリと反射する。
「お〜、いたいた、メガネよ〜ぉ!」
向こうから駆け寄ってくるのはカクガリ、パーマ、それにチビ。
「何だ、騒々しい。」
人差し指で眼鏡をくいっとかけ直し、小さくため息をついた。
「なぁなぁ、お前はもちろん参加するんだろ?」
「うん?」
「とぼけるなよ、アレだよ、アレ。」
パーマの親指がくっと指した方角にあるのは件のポスター。
「無論、そのつもりだ。」
短く答えるその一言に、彼のやる気と自信がみなぎっていた。

「わぁ、ダーリン、映画コンテストだって!面白そうだっちゃ!」
いつの間にかポスターの前に、ラムとあたるが来ていた。
楽しそうにポスターを眺めるラム。
「優勝賞品は何だ?」
人の山でポスターが見えないので、あたるは宙に浮いているラムに尋ねた。
「んーと…、一万円だってー。」
「ぬわにぃーっ!い、一万円ーーっ!」
「そんなようなコトが書いてあるっちゃ。」
ラムはあたるの隣りにふわりと降り立った。

人だかりの中から3人の女子生徒が出てきた。
「映画ね〜ぇ。」
「私たちにはあんま関係なさそうね。」
「ま、サトシくんたちが張り切ってやってくれるでしょ。」
「まーた訳の分かんないモン作るんじゃない。」
「そうそう…って、しのぶー?」
3人の内の1人、しのぶは会話に加わらずに少し俯き加減に黙っている。
考え事をしているらしい。
「映画、かー…。」
「って、しのぶ、何?興味あるの?!」
独り言のように呟くしのぶの様子にぎょっとする明美と芳恵。
「そうよねぇ、きっとまたサトシくんたちが監督だのカメラだのやって、
面堂さんがスポンサーで、そしてヒロインはーーー…」
「そりゃあラムでしょ。」
しのぶが言う前に、ツインテールの明美があっけらかんと答える。
「すると相手はやーっぱ面堂さんかなぁ。」
「で、諸星くんは日頃のうっぷん晴らしのような役回りかしら。」
2年4組のあのメンツなら、どうせそのパターンに決まってる。
芳恵と明美はうんうんと頷き合った。
「そんなのつまらないわ。」
しのぶがぱっと顔を上げた。
「またいつもの如く男子の訳分かんない趣味の世界に、あたしたち女子も付き合えっていうの。
あんなドンパチや、ただ1人のヒロイン、ラム争奪戦みたいなのもう飽きたわ!
たまには私たちだって何かしてみたいじゃない!」
右手の握りこぶしをぐっと胸の前で固く握った。
その迫力に2人の女子生徒はたじたじ。
「で、でもしのぶ〜、どだい私たちじゃ映画なんてできないわよぉ。」
「そうよ、カメラとか持ってないし、使い方なんてさっぱりだしさぁ。」
眉を八の字にして訴える明美の目の前に、しのぶがぴっと人差し指をつき立てた。
「そんな技術的なことはそれこそ彼らにお・ま・か・せ♪
要は内容よ。私たちも楽しめるような内容ならイイのよ。」
腕を組み、胸を張るしのぶ。自信たっぷりの笑顔。
「…いい考えでもあるの?」
ごくりと喉を鳴らす明美。声を潜めて尋ねる芳恵。
「…やってみなくちゃ分からないけどね。」
言葉とはうらはらに、しのぶの瞳がきらりと光った。


始業の鐘が鳴り、ポスター前の生徒も散り散りになる。
メガネたちも、あたるたちも、そしてしのぶたちも皆教室へ戻った。
「え〜、今日の議題はぁ〜…」
1時間目はHR(ホームルーム)。一応委員長のあたるが前に出て、話し合いの司会を務めている。
教壇の右端には副委員長の面堂、黒板にカツカツと文字を綴っているのは書記のしのぶである。
「みんなももう知っていると思うがぁ、今度映画コンクールが校内で開かれる。そこでーー、」
バンッと黒板に手をつき、白いチョークの文字を読み上げた。
「映画コンクールについて、が今日の議題であーる!」
「おぉーー!」「いいぞーー!」等々能天気な歓声が拍手と共に沸き起こる。
「まぁまぁ静粛に、静粛に。」
あたるが両手を広げて場を静めた。
ゴホン、と咳払いを1つ。
「まず、監督から決めるとしよう。では立候補はいるかぁ?」
シ…ンとする。手を上げる者はいない。
だが、多くの生徒は横目で、或いは後ろを振り返り、1人のクラスメイトを見ていた。
「委員長ー、推薦してもいいっスかぁ?」
「オーケーオーケー♪」
ニシシと愛想笑いを浮かべ、OKサインを出すあたる。
すると、「はーい!」と勢いよくパーマが手を上げた。
「俺はメガネを推薦しまーっす!」
「ええどー!」「当然!」と賛成の声が方々から聞こえる。
が、よく見ると何か様子がおかしい。
教壇の真ん中に立って教室全体の様子を見渡すことの出来るあたるは、それに気づいた。
女子生徒の反応である。
にこにことメガネに拍手を送っている女子はラム1人。
他の女の子たちは身動きせずに、何かを待っているようではないか。
「……?」
監督はメガネに決定と思い込んでいたあたるは、首を傾げた。
しかしすぐに気を取り直すと、「他に推薦、立候補はいるか〜?」とクラスに向けて投げかける。
勿論、他にはいまい、というつもりで。
「はーい!」
さっきのパーマとは全く違う、高い声。
左右に分けて縛った縦ロールの髪を元気に揺らして、明美が手を上げた。
ラムを除いた女子全員の肩がぴくっと動き、一斉に彼女の方に顔を向けた。
「監督に三宅しのぶさんを推薦しまーす♪」
教室中にはっきり響き渡る声で、明美が明るく言い放った。
同時に、
「さんせーい!」「さんせーい!」「賛成しまーす!」「賛成よーー!」
次々と高く上がる手と黄色い声。
ラムとしのぶ以外の全女子生徒が賛成の意を表しているではないか。
「何だーーぁぁ??!!」
一体この状態は何なのか。把握できない男子生徒たちは目を丸くしている。
中でもメガネは、
「な、な、な、な、……なぁぁあ゛あ゛ぁぁーーーー?!」
眼鏡のレンズを割って目の玉が飛び出しそうな程の形相で、両手をわなわなと震わせている。
「みんな、静かにしてちょうだい!」
しのぶが一歩前に出て言って、やっと女子生徒の興奮が収まった。

「で、でわ〜…他に推薦や立候補はー?」
一応確認。いない。
「それでは、推薦された2人から一言ずつ…。」
あたるが一歩下がって、メガネとしのぶが真ん中に立つ。
まずメガネからだ。
「え〜、私が監督になりました暁には、」
フゥと一呼吸。
「世界に名だたる映画監督に負けるかもしれないが遜色の無い、熱きヒューマニズムと世界平和を訴え、
人類の存亡をかけた醜い争いを否定し聖戦の旗を掲げて生きる人々の感動的な姿を捉え、
目くるめく映像美と高等技術を駆使して描き出し、必ずや皆を満足させ、場内を涙と鼻水と嗚咽のるつぼと化して
みせることを誓ーーーぁう!」
瞳をギラギラと燃やし、声高らかに宣言した。
次はしのぶである。
メガネの向こうを張って一体何を言うつもりかーーーーー、2年4組全員の視線がしのぶ一点に集中した。
「えっとぉー…私はー…」
ごくり。室内に緊張が走る。
「クラスの皆が出演できる、明るく楽しい学園ラブロマンス映画がいいと思いまぁす♪」
ぐはあーーーっっっっ!
隣に立っていたメガネが大きく後ろに反り返る。
長い付き合いのはずのしのぶの、思いがけない発言に呆然とするあたる。
呆気にとられる面堂。
声の出ないその他男子生徒たち。
バンッ!
その状況を打ち破るかのように、しのぶが教卓の上に勢いよく両手をついた。
「私が監督になったら、全員がセリフのある役で出演できる脚本を用意します。
皆素のままありのままで出演できて、和気あいあいの楽しい現場にしたいです。
危険な戦闘シーンは一切ありません。」
話の最後ににっこりと笑顔。
一旦静かになった教室に再び声が戻ってきた。
「え〜ドンパチの方が楽しいよなぁ…」
「ラブロマンスなんてさぁ…どーせ面堂と女子がいちゃつくんだろぉ。」
「他人のべたべたしてるとこ見ると俺は腸の煮え繰り返る思いがするんだが…」
否定的な囁きが飛び交う。
メガネがニヤリとほくそ笑んだ。
「尚、私の構想としてはー…」
まだ続きがあるんかいな。ジト目でしのぶを睨む。
「まだ交渉してませんが、ヒロインはラムにお願いしたいと思っています。」
そう言ってしのぶはラムの方を見た。
同時に他の生徒もラムを見る。
「え…うち??」
きょとんとして自分を指差すラム。目をぱちくりさせている。
「相手役はまた考えたいと思います。イメージに合う、素敵な男の子にお願いしたいですv」
以上、と言ってしのぶは一歩下がった。
「委員長、決をお願いしまぁす♪」
笑顔を絶やさぬままに、あたるに告げた。


多数決の結果、三宅しのぶ監督が誕生した。


(2)へ続く

久しぶりに長い話を書いたような気がします。絵でも文でも間が空くと勘が鈍るのは同じらしく、
しばらくは何だかキーボードを打つ指が進みませんでした(笑)。

私は映画の撮影とか全く興味がないんで、専門的なことはまるで分かりません。
本文中に「それはおかしいよ。」とか思うことがあったら教えてやってください。

しかし展開の予想がつきやすい話ですな(大笑)。
多分4、5話で終わると思います。



戻る