クラスの半数の生徒には予想外に、あと半数の生徒には予想通りに、
しのぶの監督はとにかく決定した。


チャイムが鳴って1時間目が終了すると、女子生徒がわっとしのぶの周りに集まった。
「しのぶー!おめでとー!」
「やったわねぇ!」
「あたしたちも協力するからね!」
キャアキャアと大はしゃぎする彼女達を、メガネら4人組が教室の窓際から恨めしげに見ている。
「ありがとう、みんな。やるからにはみんなで楽しくやりましょうね。」
にっこりと微笑むしのぶ。勝者の笑みだ。
「うぐぐぐ…っ!!」
振り上げることのできない拳を握り締め、メガネが歯軋りした。

「さあて、まずはヒロインに交渉しますか。」
しのぶは椅子から立ち上がり、ラムの方へ歩いて行った。
ラムは黒板の前であたるにまとわりついている。
「ラム、ちょっといいかしら。」
「しのぶ…何だっちゃ?」
ラムがくるっと向きを変え、しのぶと向かい合う。
「ちょっと…。」
愛想笑いを浮かべつつ、ラムの腕を軽く掴んで引き寄せる。
「な、何?」
「だからぁ、ちょっと…。」
うふふ、と含み笑いをして、ちらりとあたるを見た。
あたるはしのぶの話の内容の予想がついているのだろう、何も言わずにその場に留まっている。
ラムはそのまましのぶに引きずられて教室を出て行った。
その後ろから明美、芳恵ら4、5人の女子が、同じようにうふふと笑いながら教室を出て行く。
同じように、あたるをちらりと見つつ。
あたるは嫌な予感がした。


「ね、ラム、いいでしょ?」
「う…ん…、でもダーリンはきっと嫌がるっちゃよ。」
校舎裏の大きなくすの木の下で、少女たちが密談をしている。
困惑した表情を浮かべているのは緑の髪の少女1人、後の5人は自信たっぷりに話を続ける。
「大丈夫!あたる君の方は私たちがちゃんと説得するから。」
ねぇ?と、しのぶが仲間の女子生徒を振り返る。
「そうそう、彼なら絶対OKするって!」
「……それはそれで、うちは嫌だっちゃ…。」
ムッとして呟くラム。
それを察してしのぶがフォローを入れる。
「まぁまぁ、ラム、こんな機会は滅多にないわよ?やりましょうよ。」
ラムの両肩をぐっと掴んで顔を近づけた。
「ね、ラム?」
にこにこ、にーっこり。
しのぶの迫力満点の笑顔の前に、ラムはとうとう無言でこくりと頷いた。


ラム、しのぶたちがぞろぞろと教室へ戻ってきたのは、20分くらいたった後だった。
「こらー!貴様ら、チャイムはとっくに鳴ったぞ!」
温泉マークが教壇から怒鳴る。
「先生、ごめんなさぁいvv」
「遅れてすみませんでしたぁv」
普段より1オクターブ高い声で謝罪する少女たち。
さっさと席に着くと、急いで英語の用具を机から出した。
あたるの隣の席に座ったラムも同様に英語の教科書を開く。
「えと…、ダ、ダーリン、何ページだっちゃ?」
「…37ページ。」
「ありがと。…って、ダーリン珍しくちゃんと授業聞いてたのけ?」
「まぁな。」
「ふーん…。」
小声で話す2人。その間にあるのはお互いの腹の中の探り合いだ。

一体しのぶとどんな話をして来やがったのか。
例の映画の話であることには間違いない。が…。
ラムがしのぶたちと共に教室を出た後、男共の小競り合いがあった。
「ラムさんの相手役は僕に決定だな。考えるまでも無かろう。
一体このクラスに彼女の相手として相応しい者が僕の他に居るというのか。」
「何言っとる!貴様のキザったらしいクサい演技ではロクな映画になるか!」
「スカーーッ!ラムさんの相手はこの俺だあぁぁぁ!」
「オールバックの高校生なんて、学園ラブロマンスに相応しくなぁぁぁぃっ!」
「おのれの不細工な面はラムさんにふさわしくないだろうがっ!」
アホ共がー…。
あたるは席に座って頬杖をついて、彼らのやりとりを横目で眺めていた。
でも、まぁ、監督が誰になろうと、金は要るのだ。
となると、あいつがデカイ顔するに決まっている。
そして監督がしのぶなら、主役もあのタコに決まりだな。

しのぶの言うように、本当にダーリンがOKするのかなぁ…。
先生の英語が頭上を漂っているが、ラムの耳には届かない。
教科書は37ページのまま。
「どうやってダーリンを説得するっちゃ?」
「こ・れ!」
しのぶが制服のポケットから取り出したのは2枚の映画の券。
「映画?」
「そ!デートよ、デート。」
「誰が?」
「もちろん、あたる君とあたしが。」
「なっ!?そんなのだめだっちゃーーーっ!」
ラムが大声を出した。
「あたしは遊園地。」
「私はボーリングがいいな。」
明美と芳恵が続く。
「じゃあ私、ショッピング!」
聖子が「はーい!」と手を上げて言った。
「〜〜そんなエサでダーリンを釣るつもりだっちゃ!?」
顔を真っ赤にしてラムが怒鳴った。
ぎゅっと握った両手が怒りでぷるぷると震えている。
「ダ、ダ、ダーリンが、そんなのに、ひっかかる訳…」
「「「「ひっかからない、とでも言うの?」」」」
ラムの言葉を遮って、4人の少女たちが口を揃えて問う。
「…うっ…ひっかから…」
ラムの勢いが弱まる。
「絶対、ひっかかるわよ。賭けてもいいわ。」
両腕を組んで自信満々、しのぶがきっぱり言い放った。


チャイムが鳴って温泉マークが教室を出る。
それと同時にラムと竜之介を除く2年4組の女子生徒が、ザッとあたるを取り囲んだ。
急であったことと、何よりも滅多にない状況であったことで、あたるは一瞬たじろいだ。
「あたるくぅん、しのぶ、お願いがあるのぉvv」
思い切り猫なで声。
さすがのあたるもこれはヤバイと感じた。
「…断わる!」
「やぁねぇ、まだ何も言ってないじゃないのぉv」
「痛ぇっっ!」
しのぶがぎゅうっとあたるの右腕をつねった。
「で、お願いって言うのはね、今度の映画の…」
「断わるっちゅーとろーがっ!」
つねられた腕をさすりながら叫ぶ。絶対やばい。
しのぶとは長い付き合いなのだ、これは絶対ヤバイ話だ。
「何よ、断わる断わるって、私が何を言おうとしてるのか分かってるの?」
「どうせロクな話ではあるまい!」
「そんなことないわよ。いい話なんだけどなぁ。」
しのぶが制服のポケットから例の映画の券を再び取り出した。
「しのぶのお願い聞いてくれたら、この券あげるv …もちろん、意味は分かってるでしょ?」
あたるの制服のポケットに手を突っ込んで、勝手に手帳を取り出してめくる。
「あ!お前、人の手帳を…っ」
あたるが慌てて取り返そうとすると、
「この日、空けといてね!」
一ヵ月後の日曜日、しのぶがピンクのペンでハートマークを書き込んだ。
そしてペンと手帳を、隣にいる明美に手渡す。
「この日の放課後は私とショッピングv」
また隣の女子へ。
「じゃあ私は水曜日。静かな公園で散歩ってのもたまにはいいわよねv」
あたるの手帳に次々と予定が書き込まれていく。
金曜日には智恵美とおしるこ、火曜日には伊代とカラオケ、次の日曜日には芳恵と遊園地…。
どんどんピンクのハートが増えていく手帳に、険しかったあたるの顔が徐々に崩れていく。
「この日は私とテニスしましょうv」
最後の1人、奈保子が手帳に書き込んで、あたるに渡した。
「は、はいっ!!」
顔面土砂崩れ、ヘロヘロの状態であたるは元気良く返事をしたのだった。

「じゃあ、これ!」
しのぶがホッチキスで綴じられた冊子をあたるに差し出した。
「セリフ、早く覚えてね!」
ウインクをしてあたるの手の上に載せる。
「諸星君なら地でやれるわよね。」
「名演技、楽しみにしてるわ〜。」
目的を達成したしのぶたちは、さっさと立ち去っていった。
「あ、しのぶ、これ何だよ。」
しのぶの背中に呼びかける。
「台本に決まってるじゃないの。あたる君のセリフにはマーカーで色付けといたからね!」
「は、はぁ…。」
さっきまでの華やかさはどこへやら、あたるは1人ぽつんと席に取り残された。
渡された台本に視線を落とす。
タイトルはーーーー…『ときめきハイスクール』。
あたるは軽い眩暈を覚えた。
やれやれ、面堂に刺される役か、それとも馬の足かいなぁと、ページをのろのろとめくる。
次のページには、登場人物の名前が列記されていた。
「ラム、諸星あたる、面堂終太郎、竜之介、…って、何ぃ?!」
自分らの名前そのまんまではないか!
慌てて次のページをめくる。
物語の始まりはーー…。
「ダーリン!」
「うわっ!」
不意に声を掛けられ、あたるが椅子から飛び上がった。
「ダーリン、しのぶの話、引き受けたっちゃね。」
「え、あ、いや…たった今この台本を渡されただけで…」
一体どういう物語なのか。早く先を読みたい。
事と次第によってはこの話、やはり断わらねばなるまい。
焦っているというのに、ラムがまた話し掛けてくる。
「うち、嬉しいけど複雑だっちゃ。だって引き受けたってことは、
ダーリンがクラスの女の子たちとデートするってことだっちゃ。」
「あぁ、そうだな…。」
適当に返事をして、目は台本へ。
まだラムが何か言っていたが、もうあたるの耳には入らなかった。
「…ってダーリン、聞いてるのけ?」
「……し、し、し、し、しのぶーーーーーーっ!!」
あたるは突然椅子から立ち上がり、教室中を見回した。
「おい、しのぶはどこ行った!?」
目の前のラムの肩を引っつかんで尋ねる。
「う、うち知らんちゃ!」
あたるの必死の形相にラムもひるんだ。
「冗談じゃない、こんなもんやれっかーーーっ!」
あたるは手に持っていた台本を乱暴に机に投げつけると、
「しのぶーーっ!」と大声で呼びながら廊下へ走り出た。


トイレから出てきたしのぶを発見。
「しのぶーー!この台本は何だぁぁぁぁ!」
怒り心頭で自分の方へ向かってくるあたるを、しのぶは涼しい顔で待ち受けた。
「何って、今度の映画の台本よ。いい役でしょ。」
「何言ってやがる!この俺がこんな役やれるかあぁぁ!」
「じゃあ、デートは全てキャンセルね。」
にやりと口の端を上げてしのぶが言った。
「う…っ!」
ぴたりと止まるあたる。
「いい話だと思うんだけどなぁ。」
どこからか台本を取り出し、ぺらぺらとめくる。
「クラスに転校生の女の子がやってくる。彼女はクラスの人気者に。
でも彼女は何故かクラス一の浮気者の男の子に惚れてしまう。
彼女と彼の恋路を邪魔せんとする他の生徒たち。そんな中で徐々に彼女に惹かれていく彼。
やがて2人の間には淡い恋心が…」
「アホかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
目を閉じて両手を胸の前で組んで陶酔するしのぶに、あたるが怒鳴りつけた。
「こ、こんな話、映画にできるか!ラムはともかくとして、他の奴らが納得するか!メガネや面堂たちだってなぁ」
「ちゃんと了承済みよ。」
「絶対キレるに決まって…え、了承?!」
殴りかからん勢いだった両手をくたんと下ろす。
しのぶは台本を閉じた。
「そ、サトシ君には助監督として私の手助けをしてもらうの。やっぱり私だけじゃ無理だもん。
カメラはパーマ君ね。で、面堂さんはあたる君とラムを取り合う役。男子の役の中じゃ、あたる君と同じくらい目立つと思うわ。」
よどみなくすらすらと答える。
「だ、だけどこの話、最後はラムは俺とくっつ…」
言いかけて、あたるは口をつぐんだ。
「い、いくら演技だの何だの言ったって、そんな、みんなの前でラムなんかとベタベタできるか…」
段々あたるの口調が弱まってきた。
「じゃあデートは全てキャンセルね。」
「そ、そんなぁ!じゃあ、じゃあ俺と面堂の役を交代ってのはどうだ?」
役は御免だがデートはしたい。あたるが必死に食い下がる。
「なら、このセリフ言ってみてよ。」
ぺらぺらと台本をめくって、あたるに突きつけた。
「よし、任せろ!えっと何なに?
『ラムさん、あなたは本当に美しい…あんな諸星のような下衆な男は貴方に不釣合いです…!?
さあ素直になってこの面堂終太郎の胸の中へ…!?』ふ、ふ、ふざけるな、言えるかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
台本を床に力いっぱい投げつける。
「ならやっぱりデートはキャンセルかぁ。ザ〜ンネン!」
台本を拾い上げると、両手を広げてくるっとあたるに背を向けた。
「ちょっ…、待ってくれ、しのぶ〜!」
あたるは追いかけて、後ろからしのぶに抱きついた。
「い〜じゃないの、演技よ、え・ん・ぎ!何したってサトシ君たちは怒りはしないわ。」
「う…、だがしかし…何もこんな話にしなくたって…」
「私はねぇ、」
自分の肩に回されたあたるの腕をぱしっと解いてくるりと身を翻すと、両手を胸の前で祈るように組んで目を伏せた。
「人生の中で最も輝かしいこの高校時代の、もっとも美しく尊い瞬間をフィルムに収めたいの。
ラムが1番自然な演技のできる相手、ストーリーを考えたのよ。
ラムの1番きれいな表情を引き出せるのはーー…、」
ぱっと向きを変え、あたるの両手を自分の両手で包み込んだ。
「あたる君、貴方しかいないのよ…。」
「し、しのぶ…お前…。」
今この瞬間、しのぶの頭上からは目に見えにいスポットライトが降り注いでいるに違いない。
「あたる君、あなたならできるわ!」
上目使いで見つめるしのぶの大きな瞳には、キラキラと星が瞬いている。
「…ね?」
とどめと言わんばかりに、包み込んだ両手にしのぶが力をこめる。
「う、ぐわあぁっ!わ、分かった…っ、分かったからっ!」
こらえ切れずにあたるが声を上げた。
「嬉しーーい!ありがとう、あたる君!じゃあねぇ!」
ぱっと手を離すと、スキップのように軽やかな足取りで、しのぶが教室の方へ駆け出していった。

後に残されたあたるは、真っ赤になった両手をさすりながら、
「演技、演技なんだ…。ちょっと我慢すればクラス中の女の子たちと…。」
うひひひひひ、と下衆な笑い声を漏らした。


(3)へ続く

しのぶちゃんのキャラが何かいつにも増してアレな気がします…(汗)


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