今日は土曜日、学校は休み。午後からは街中での撮影予定。
駅前でガールハントするあたるに激怒して追い掛け回すラムーーーーーというごくごく日常的なシーン。
ただ1ついつもと違うところは、ラムには超能力が無い、ということ。
大変だけど女優根性見せてもらって、足で走って手で平手打ちしてもらいます。
まぁ台本はあってないようなモノ。いつものノリでやってもらいましょう。


ただいま午前9時27分。
何でそんな正確な時間が分かるのかと聞かれれば、
答えは「この部屋の中に白いウサギ型の目覚し時計が置かれているから」である。
「隠し撮りにしてはよく撮れてるじゃない。」
「ホント〜、あー思い出しちゃうわぁ。」
「生だもんねぇ、生!」
しのぶ、明美、芳恵が、ビデオカメラの小さな液晶画面で、昨日撮ったラムとあたるの様子を見ている。
「で、どうやって使うの、コレ?」
明美がしのぶに尋ねた。
「映画のワンシーンとして混ぜちゃうの?」
芳恵が後に続く。
「それも悪かないけどー…。」
しのぶはまだそこまで考えついてはいなかった。
「もう少し撮ってから決めようかしら。」
また巻き戻し、再生して映像に見入る。
「え、また隠し撮りするの?!」
芳恵の声が大きくなった。
「そうよ。」
しのぶはさらりと言ってのける。
「え〜…ヤバくない?」
苦笑いして同意を求めてくる明美を、しのぶがちらりと振り返って見た。
「見たくないの?」
「うっっ!」
しのぶのすばり的確な一言に、明美も芳恵もそれ以上反論することはできなかった。
芳恵の鞄から、ここに来る前にコンビニで買った写真週刊誌が顔を覗かせているではないか。
ウサギの目覚し時計の針が10時を指す。
少女たちはしのぶの家を出て、駅前に向かった。


午後1時、駅前の公園の噴水前に、今日の撮影の関係者面々が集合した。
「みんなお休みなのに大変だけど、がんばりましょうね!」
今日も元気なしのぶ監督の挨拶で撮影がスタートする。

「あたるくん、待って!」
「何だよ、うっとうしい。」
すたすた先を急ごうとするあたるを、ラムの手がぐっと止めた。
「ひどいっちゃ!今日はうちとデートしてくれる約束だったのに、さっきから他の女の子ばっかり見て!」
「何言っとる!俺は承諾しとらんのにお前が勝手に浮かれてついて来たんじゃないか。」
あたるはラムの手を振り払って歩き出した。
「お嬢さん、お茶飲まない?住所と電話番号教えてー!」
「馬鹿にしないでよ!」
通行人A役の百恵が肩に置かれたあたるの手をぴしゃっと叩く。
「あ、お姉さーん!1人〜?」
見るからにOL風の女性にあたるが声をかけた。
「あ、おい、諸星!それは本当の通行人だぞ!」
出番待ちしていた面堂があたるを止めようとする。
台本では、次にあたるが声をかける相手はベンチに座っている奈保子のはずではないか。
「ほっとけ。相手が誰だろうと、結果は同じだ。」
ふわぁ〜と大きなあくびをしながらメガネが言った。
「もーーーーーう、ぶわかあぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
ラムは大声で怒鳴ってあたるを捕まえると、あたるの肩に牙をたててかぶりついた。
「いててて……っ!や、やめんか、ラム!」
「この浮気者ーー!」

「錯乱坊もたまには役に立つわね。」
チェリーの作った薬でラムの超能力は一時的に押さえてある。
もしラムが本気で怒っても、はずみで放電したりはしない。
超能力と「ダーリン」の一言さえなければオールオッケーという寸法だ。
「オッケー!ラムー、あたるくーん、お疲れ〜!」
監督のオッケーが出ても、ラムはあたるに噛み付き続けていた。
「い〜加減にせんかい!」


休憩時間になって、各自ジュースを飲んだり雑談をしたりしている。
パーマとメガネはカメラチェックに余念が無い。
面堂は次の出番に備えて鏡の前でヘアチェック。
あたるくんとラムは…。しのぶはきょろきょろと見回した。
「奈保子ちゃーん、テニス、楽しみだねぇ!」
「そうねぇ。」
「君のハートにスマッシュしてもいいかな?」
「そうねぇ。」
ベンチに座っている奈保子にしつこく言い寄るあたる。
「もぉ、ダーリン!!」
その背中にかぶりつくラム。
2人を眺めるしのぶの横に明美が寄ってきた。
「…撮る?」
「…あんなの見て、おもしろい?ときめく?」
「全然。」
「じゃ、撮らない。」
「了解。」
「まぁ、お楽しみは明日でしょ。」
しのぶが、手にした台本をぱらぱらめくった。
「明日はクライマックスのキスシーンですからね。」




日曜日に学校に来るのは、先月の温泉マークの補習授業以来である。
「せっかくの日曜だとゆ〜のに朝っぱらからまた…いてっっっ!」
だらだらと校門をくぐるあたるを後ろから軽く小突いたのはーーー
「メガネっ!いきなり何しよんじゃ!」
後頭部をさすりつつ、あたるが怒鳴りつける。
「あたる…話がある。」
メガネの顔は真剣そのものだ。ヤバイ。
「…話なら教室で聞こう。」
あたるも真剣な顔で返答する。ごくりと生唾を飲み込んだ。
「いや、大した話ではないんだ。ちょっと来てくれ。」
あたるの腕を強引に引っ張って連れて行こうとする。
何とか逃れようとあたるももがいたが、どこからともなく現れた
カクガリ、パーマ、チビ、そして面堂に囲まれてしまうと、しぶしぶ大人しく引きずられて行った。


あたるは1階男子トイレに連行された。休日なので誰も使うものはいない。
「何だよ。」
むすっと腕組をして壁にもたれているあたる。
彼を取り囲むようにしてメガネ、パーマ、カクガリ、チビ、面堂がずらりと並んだ。
「朝っぱらからむさ苦しい面並べよってからに…。」
は〜ぁ、と大きなため息をつく。実にわざとらしく。
「諸星、今日の撮影分のセリフはしっかり覚えてきたんだろうな。」
まずは面堂が口を開いた。次はカクガリ。
「お前、今日は絶対に撮り直しは許されないって、分かってるよなぁ。」
「分かってるよなぁ!」
チビがカクガリを真似て続く。
「あたる〜…。」
不気味に低い声。メガネである。
「メガネ、お前その顔はどうしたのだ!?」
メガネの目の下に真っ黒なクマが。目は真っ赤に充血している。
「心配するな。俺は助監督として今日の撮影をしっっっっっっっつかと見届けるつもりだ。」
「しかし、そんな寝不足では撮影中居眠りしたりして…。」
にゃはははは、とあたるがふざけると、
「眠れるか、スカーーーーーーーーッッッ!!」
ボカッ!
どこからか取り出した台本を丸めて、あたるの頭を思い切り殴った。
「−−ってぇ〜。何すんじゃ!セリフ忘れたらどうしてくれるんだ!」
「何ぃ!貴様、わざとセリフをトチって撮り直しを狙ってやがるなぁぁぁぁぁ!!!!」
鼻と鼻が触れそうなほどに近づいて、メガネがあたるを睨みつける。
「い〜加減にしろ!何が嬉しくて公衆の面前でラムと何度もキスなんかするかっ!」
「何ぃぃっっ!!!貴っ様ーー、本当にラムさんとキスするつもりかあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
今度は面堂だ。
「おのれは台本読んどらんのかっ!フリだろうが、フリっ!!!」
喉元に突きつけられた刀の刃を、あたるがうっとうしげに払いのけた。
「馬鹿馬鹿しい!話はそれだけか。俺はもう行くからな。」
面堂とメガネの間をするりと通り抜け、トイレの戸に手をかける。
「あたる…、NG即ち死であると、肝に銘じておけ。」
搾り出すようなメガネの声にあたるはひらひらと手を振って出て行った。


2年4組の教室の戸を勢いよく開ける。
「あたる君、おはよう!」
真っ先に目に飛び込んできたのはしのぶの笑顔。
そのままあたるの目の前まで来た。
「今日はクライマックスシーンだから、気合入れてがんばってね。」
「しのぶぅ〜、僕がんばるから、本番前に練習させてよ〜ぉ!」
あたるがタコのように唇を突き出してしのぶに迫る。
「何言ってるのよ。さ、早く着替えてきてちょうだい。」
ぱっと身をひるがえしてそれをよけた。勢いは止まらず、あたるは床に激突。
「ヒロインはもうお待ちかねなんだからね!」
「いてて…。」
顔面を押さえてよろよろと立ち上がったあたるは、椅子に座ってこちらを見ていたラムと目が合った。
でも目が合ったのは0.1秒だけで、ほぼ同時に、あたるとラムはさっと横を向いてしまった。
「…ってと、着替えてきまーす。」
ジーパンについたほこりをパンッと払って、あたるは2年4組を出た。
隣の5組の教室で衣装の制服に着替えるのだ。
ラムは既に着替えも済んで、自分の席でぺらぺらと台本をめくっている。

5組の教室の戸を開ける。誰もいない。
今日のシーンはあたるとラムしか出番がないのだから他に着替えの必要な者はいないのだ。
あたるはのろのろと壁際の列の真ん中辺りの机の横へ行き、洋服を着替え始めた。
誰か分からない奴の机の上に薄手のパーカーとTシャツを脱ぎ捨てる。
替わりに紙袋から取り出した白のワイシャツに袖を通した。
慣れない手つきで赤いネクタイを適当に締める。鏡がないから上手くできているのかも分からない。
まぁいい。後で衣装係の女子か、しのぶが何とかしてくれるだろうさ。
深緑色の上着を手で掴んでその部屋を出た。
左に行けばすぐ4組の教室だが、あたるは右に向きを変えて歩き出す。
そしてトイレの前で立ち止まり、戸を開けて中へ入った。

幸いなことに誰もトイレを使っていない。
あたるは手洗い場の蛇口を思い切りひねって、両手で水を受けた。
「…………………。」
口が微かに動き、何かを呟いているのが分かるが、水の流れ出る音で声はかき消された。
手洗い場の冷たいタイルに両手を置いてぎゅっと握る。
もう一度口が動いて何かを呟く。
「……う……だ………。」
俯いたまま、同じ口の動きを何度も何度も繰り返した。
前髪が下に垂れてその顔つきを窺い知ることはできない。
「………だ。」
呪文のような呟きをようやく終えて、蛇口を閉めた。


「あ、諸星くん、遅ーーい!」
待っていたのか、教室に入ったとたんに衣装係の伊代が近寄ってきた。
そしてさっとネクタイを直す。
「何たってクライマックスだもの、ちゃんとしとかないとね!」
いつもなら頼まれても寄ってこないのに、にこにこしてあたるの衣装をチェックしている。
「どうせなら伊代ちゃんとクライマックスしたかったなぁ!」
タコのように唇を突き出してきたあたるを、伊代がひらりとかわした。
「監督〜、諸星くん、準備オッケーでーす!」
「オッケー!じゃあリハ、始めましょうか!」
パーマ、メガネらと打ち合わせていたしのぶがにこにこと振り返った。
その向こうで、しのぶの声に弾かれたように顔を上げるラムの姿が、あたるの目に否応なしに飛び込んできた。


(6)に続く

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