「この間撮り残したシーンを先にやっちゃいましょうか。」
その場にいた全員が「さあいよいよ…」と思ってスタンバイしていたので、
しのぶ監督の予想外の言葉に拍子抜けした。
「えー、ラブシーンじゃないのー?」「何だよー。」
2、3人が文句を言ったが、
「スケジュールの都合があるの!それにあのシーンは、もう少し日差しが緩くなってから撮りたいのよ。」
という監督の言葉にあっさりと引き下がった。
別に中止というわけじゃないのだから。
そのやり取りを見ていたあたるが
「見世物じゃないっつーの。」
と、口を尖らせた。


午後の強い日差しが差し込む教室の中、ラムが1人で席に座って頬杖をついている。
机の上には鞄が2つ。1つは自分の、もう1つはーーー、
「あ、お前わざわざ待ってたのかよ。」
ガラッと乱暴な音を立てて教室の戸が開いた。
ラムが振り向くと、そこにあたるの姿があった。
「あたる君と一緒に帰りたかったから、待ってたっちゃ。」
あたるの鞄を手にとって、「はい!」と差し出す。
「誰も待ってろなんて頼んでないぞ。」
ぶっきらぼうに答えて鞄を受け取ると、すぐさまラムに背を向けてしまう。
鞄を持った手を肩にかけて、すたすたと歩き出した。
「あ、待っ…」
言いかけたラムの言葉を遮って
「おせーぞ、早くしろ。」
不機嫌そうな声とは裏腹に、振り返ってラムを見るあたるの目は笑っていた。


「カット!オッケー、良かったわよ。」
しのぶ監督のオッケーの声に、あたるとラムの表情がふ、と緩んだ。
「じゃあ休憩しましょう。次は3時に集合してね〜。」
「やれやれ。」「ジュース買いに行くけど欲しい人ー?」「ねぇ明日はさぁ…」
本番中の緊張感が解けて、みんなが一斉にしゃべり出す。
「なぁ、あたるよぉ〜」
「ん?」
ポンと肩をたたかれて後ろを向くと、パーマだった。
「何だよ。」
パーマの方へ体ごと向きを変える。
「俺さぁ、カメラ写してるから自然思ったんだけど。」
「何を?」
パーマのもったいぶった言い方が気になって、その先を急かした。
「お前さぁ、あのラムちゃんを前にして何とも思わんのか?」
「…はぁ?!」
あたるはパーマの質問の意図が分からず、思い切り眉を顰めた。
「ラムちゃん、スゴイじゃんか? ありゃ演技じゃないだろ。あの目、堪らんぜぇ、普通なら。」
「…別に、いつもあんなモンだろ。」
パーマのイヤラシイ口調が気に入らないのか、あたるはぷいっと横を向いた。
「いや、違うだろ。そりゃラムちゃんは普段からお前のこと見てるさ。
でもこの映画のラムちゃんはそんなモンじゃないって、お前だって分かってるだろう。」
「だったらどうだって言うんだ。」
顔は横を向いたまま、目だけをパーマに向けるあたる。
パーマはそんなあたるの顔を両手で挟み、強引に自分の正面に向けさせた。
「だから!お前もちゃんとラムちゃんを見ろってことだよ!」
パーマのドアップが眼前に迫ってくる。あたるはその勢いに思わず後ずさった。
「しのぶに言わせりゃラムちゃんが主役、メガネの意見もあって、ラムちゃんをメインで撮ってるさ。
だからお前の顔はラムちゃん程フィルムには写っていない。
でもラムちゃんのプロモーションビデオじゃないんだから、当り前にお前のことも写す。
そん時に、ラムちゃんが演技を超えた目をしてる時にだよ、
相手のお前の方はほとんどラムちゃんのこと見てないじゃないか。
ラムちゃんばっかに気ぃ取られてる間はみんな何にも言わないが、映画が完成して通して見たらモロバレだ。
いや、もう他の奴らだって気づいてるぜ、多分。場面が進むほど、お前の方がだんだん冷めてるって。」
パーマが一気にまくしたてた。あたるは目を丸くして大人しく聞くことしかできない。
「何だかさぁ、ラムちゃんがー…可哀相でさぁ…」
そこまで言ってようやく、パーマがあたるの顔から手を離した。
「答えてやれよ…カメラ覗いてるのが正直、だんだん辛くなってくるんだよ、俺…。」
パーマは肩を落として俯いてしまった。最後の方は声も小さくなって。
そんなパーマに対するあたるの返答は
「話は済んだか?」
あくまで冷静だった。
「んじゃ、俺休憩に行こっと。」
パーマの脇をすり抜ける。
あたるはメガネやしのぶがさっきから自分達の様子をちらちら見ていたことに気づいていた。
2人の側をわざと通る。
「3時に戻ればいーんだろ?」
しのぶの顔を下から覗きこんであたるが言う。
「そ、そうだけど…あたる君!」
「休憩、休憩〜っと。」
しのぶの声掛けを無視して教室のドアを開ける。
メガネは歯軋りしてその背を見送り、しのぶは呼び止めようとして伸ばしかけた右手をのろのろと下ろした。




いつもの木々の壁をガサガサと両手でこじ開けると、
「ダーリン!」
と、芝生に腰を下ろしてこっちを見ているラムの笑顔が目に飛び込んできた。
「…お前なぁ〜…」
人の貴重な休憩時間を邪魔しに来やがったのか、とあたるが悪態をつく。
「だってダーリンの側にいたいんだもん!」
自分から少し離れた場所に座ったあたるへと飛びついた。
「ついさっきまで間近におっただろうが。」
うっとうしげにラムをひっぺがして言葉を続ける。
「クラスの連中に囲まれてジロジロ見られてる中、いちゃついてやったじゃねーか。」
「…やっぱり、ダーリンはあの映画イヤなのけ?」
「お前、俺が喜んでやっとると思ってたのか?!」
「そりゃあ…思ってないけど…。」
「デートの約束がなきゃ誰があんなもんやるか。」
あたるの言葉に、ラムが少し悲しそうに微笑んだ。

「ね、ダーリン、練習しよ!」
「は?」
あぐらをかいて座っているあたるの前に、ラムがぴょこんと膝をついた。
「次のシーンは何回も撮り直ししたくないでしょ?だから失敗しないように、今からリハーサルするっちゃ!」
「アホらしー。やだね。」
フテ寝しようと上半身を傾けるあたるに
「ダーリン、寝ちゃダメだっちゃ。」
と言って、ラムは無理やり腕を引いてあたるの体を起き上がらせた。
「だーもーやめんかい!」
あたるは腕を振り回してラムの手を退けた。
「あたる君。」
「な、なんだよ…って、おい。」
ラムは芝生の上に膝を崩して座り込み、あたるをじっと見つめた。
チェックのプリーツスカートの裾が少し乱れてラムの白い太腿が見え隠れする。
「あたる君、うちのこと好き?」
「…え、…」
にじり寄るラムの真摯な瞳に圧倒されて、あたるの上体は徐々に後ろに退いていく。
支えきれなくなって、両手を身体の後方についた。
「うちは、あの日からずぅっと、あたる君のことを…」
「ラム…」
無意識に、あたるはラムの名を口にした。
実は台本通りなのだが、そんなことは全く頭になかった。
ただ、目の前にいるラムの熱を帯びた瞳から目が離せない。
何かの魔法にでもかかったかのように身動きが取れない。
ラムは無言で、右手をあたるの制服の胸にそっと添える。
そして左手はあたるの耳を掠めながら左頬をふわりと包み込んだ。
「好き。大好きだっちゃ。」
ラムの顔がゆっくりと近づいてくる。
目の前にあるラムの目の、瞼がスローモーションで閉じられる。
それに呼応するかのようにあたるの右手がラムの細腰へと伸び、ラムの身体を自分の方へと引き寄せた。
あたるの瞼もゆっくりと閉じられ、顔をやや傾ける。
「ダーリン…」
「…ん、…」
あたるはそのまま目を閉じて、ラムの口付けを受け入れた。


(7)に続く

一旦アップした内容を後になって変更してしまいました。

後から変更するというのは極力したくなかったことの1つなのですが、
今回はどうしようもなく変更してしまいました。
「前の方が良かった…。」と思われるのが辛いのですが、
私が元々書きたかった展開としてはこちらの方が合っているのです〜。



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