FX自動売買
禁断のケーキ
じゃらん♪
さくらのVPS

休憩時間が終わり、皆がぞろぞろと撮影現場である2年4組教室に戻ってくる。
ラムは1人で窓から飛んで入ってきた。
「あ、ラムさん。あたるの奴は?」
メガネが尋ねると、
「おトイレだっちゃ。」
ラムがさらりと答える。しかしメガネは
「あ、そ、そうで…す、か…ははは…。」
ラムさんの口からそんな単語は聞きたくなかった、と自分の言動を激しく後悔した。
「よ、何しょぼくれとんのじゃ。」
背後から声がして、肩を落としてがっくりしていたメガネの背中をバンッと叩いた。
「誰だーーっ!?」
「何怒ってんだよ。」
あたるだ。
「ぬわにを呑気にっ!元はと言えばお前が便所になんか行くからっ!!」
「はぁ?」
あたるの胸倉をひっ捕まえたところでメガネの動きが止まった。
「あっ!あたる、お前衣装に水かけやがったな!」
「あ〜、今、ちょっと顔洗ったんだよな。にゃはははは。」
「バカタレっ!今から本番だっちゅーのに、おのれはーー!」
衣装係とメイク係が呼ばれ、水に濡れたあたるの制服と前髪に慌ててドライヤーをあてて乾かす。
「ったく、本番前はただでさえ慌しいのだ。余計なことをするんじゃない。」
「へーへー。どーもすいませんねぇ。」
これ以上ガミガミ言われるのはうっとうしいので、あたるは大人しく椅子に座ってドライヤーの熱風を浴びた。
「いいか、あたる。リハなしでいくからな。もう一度動きを確認するぞ。」
椅子の隣に立って、メガネが台本片手にあたるに話し掛ける。
「ラムさんのセリフから入る。カメラは基本的にお前の背後からラムさんを写す。
ラムさんの『あたる君、うちのこと好き? うちはあの日からずっとあたる君のことを…』というセリフの後に…
って聞いとんのか、おのれはーーっ!」
「オエ〜〜。」
メガネはラムの顔真似をして瞳に星を宿し、両手を胸で組んでいた…。
「で、お前のセリフはたっっっった一言『ラム…』これだけだ。覚えてるよな?」
「ばっちし。」
真顔でVサインを出すあたる。メガネは殴りたくなる衝動をぐっと堪えて話を進める。
「それからラムさんがお前に抱きついて、キ、キ、キ……」
「キムチ鍋が食いたいのか?」
「違ーーうっ!」
台本を丸めてメガネがポカッとあたるの頭を殴った。
「…はぁ、はぁ…。いいか、その時のラムさんとの間の距離は最短5センチ。それ以上は許さん!
後はこっちでうまく写して編集するから、間違っても本当にキ、キ、キ…」
「あたる〜。」
違う声に呼ばれてあたるが振り返ると、パーマが立っていた。
「そろそろ本番やるって監督が呼んでるぞ。」
「ほ〜い。」
椅子からぴょんと立ち上がる。
「なぁ、あたる。」
「ん?」
「せっかく手間隙かけて映画一本作るんだしさぁ、」
「あー?」
「…まぁ、たまにはラムさんにもいい思いさせてあげたってバチは当たらんと思うぜ。」
そう言ってパーマはあたるの肩をポンと叩いた。
あたるの頭の中に、休憩前にパーマから言われた言葉が浮かんで、消えた。

クラスの皆が取り囲む中、本番がスタートした。


窓ガラスの向こうに見える空は少しオレンジがかっている。
誰が閉め忘れたのか、数センチだけ開いている窓から穏やかな風が入り、
括られたカーテンの白布をゆらゆらと揺らす。
ラムは、刻一刻と夕暮れに近づく空をバックにあたるに問い掛ける。
「あたる君、うちのこと、好き?」
近くにある机にもたれかかり、俯いているあたる。無言のまま、ラムと目を合わそうとしない。
ラムが2、3歩足を進めて、あたるの目の前に立った。
「うちは、あの日からずっと、あたる君のことを…」
ラムが右手をゆっくりと伸ばして、あたるの制服の胸にそっと置く。
左手はあたるの右耳を掠めて、右の頬を包み込んだ。
ラムの赤味がかった唇が小さく動く。
「好き…大好きだっちゃ。」
ラムの大きな蒼い瞳がただただじっとあたるだけを見つめる。

2人を取り囲むクラスメイトたちは、あたるの向こうに見えるラムの表情に、仕草に目が釘付けになった。
一方、嫉妬に駆られて今にも飛び掛りそうなメガネを、カクガリとチビが必死で押さえている。

「ラム」
たった一言、それだけの言葉に、ラムの肩がびくっと跳ねた。
そして見る見る内にその頬が赤く染まった。
ラムの瞳が更に大きく見開かれ、視線が一点で止まって動かない。
あたるの頬に添えられた左手の指先が小刻みに震え出した。

「…ダーリン…」
ラムが小さな声を出してしまった。
「あっ」
パーマが言いかけたが、
「しぃっ!」
しのぶが人差し指を口に当てて合図した。
撮影続行だ。

ラムの目が魔法にかかったかのようにゆっくりゆっくり閉じられていく。
瞳の蒼に別の色が滲んで溶ける。何かの夢を見ているようだ。
そのとき、かくん、とラムの膝が折れた。
ラムの身体が大きく揺れて床に崩れそうになる。

「ラ…っ」
今度はしのぶが声を上げそうになった。
撮り直しか? 
誰もがそう思った、その時。

ラムの身体がふわっと浮かび上がった。
ラムは咄嗟に右手であたるの制服をぎゅっと掴む。
あたるが左手でラムの細腰を支えてラムの体勢を整えたのだ。
それから右手でラムの頬を包み込んだ。
さっきまであたるの頬に添えられていたラムの手は力なく降りていき、
あたるの背にゆっくりと回される。
「好き…大好き…。」
うわ言のように繰り返すラムの唇。恍惚とした表情。
床に足をついているのがやっとのラムを支えているあたるの腕が、ラムの身体を引き寄せる。
2人の顔がぐっと近づいた。
ラムは眠るように瞼を下ろす。
あたるの顔が徐々にラムの顔に近づいていって、止まった。

誰も何も言わなかった。
ただ時折、ごくりと唾を飲む音がした。
皆がラムとあたるの2人を身動き一つせずにじっと見ていた。

互いの顔を近づけてそのまま5、6秒じっとしていたが、やがてあたるの方から顔を離した。
夢の世界から目覚めたか、ラムがゆっくりと目を開ける。
だがその瞳はまだ熱が冷めておらず、あたるの瞳を見つめ続けている。
唇に触れてもらえなかったのがもどかしくて、ラムは再びあたるに顔を寄せようと少し背伸びした。
あたるはラムの動きに気づくと、ラムの頬から手を離して背中へと回した。
痛くしないように両手でふんわりとラムを包み込む。
ラムはそのままあたるの胸に頬を擦り寄せて、またそっと瞳を閉じた。


「……かんとく〜、OKまだ〜ぁ?」
聞きなれたマヌケ声が静寂を破った。
ラムの髪に顔を埋めたままの体勢で、あたるがしゃべったのだ。
「ーーえ…っ、あ、あぁごめんなさい、オッケーよー!」
あたるの声で我に返ったしのぶが叫んだ。
監督のOKが出ると、あたるはそっけなくラムの身体を解放した。
「ちゃっ!?」
急に支えがなくなってラムはふらつき、床にぺたりと座り込んでしまう。
「はっ!?」「あ、あれ…。」
他の生徒達もさわさわと声を上げ始めた。
「な、何か見入っちゃった…。」
「うん…。」
明美と芳恵が真っ赤になったお互いの顔を見て言った。
「あ〜終わった、終わった。」
うーんと背伸びをしながらあたるはすたすたと歩き出した。
カメラから顔を上げて放心状態のパーマの前で足を止める。
「よぉ。」
パーマはその声でやっと現実に返った。
「イイ絵は撮れたか?」
にやりと笑うあたる。
「あ、あぁ…。あたる、お前…」
パーマが何か言いかけたが、
「あたるーーーっ!貴様、きっさまああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
メガネが血走った眼で駆け寄ってきた。
「貴様、ラムさんに何と破廉恥な…っ」
「やってねーだろーが。」
飛び掛ってきたメガネをついっと避ける。
勢い余ったメガネは机に激突した。
「後はうまく編集してくれるんだろ?じゃーねー。」
ひらひらと手を振って、あたるは教室から出て行った。


あたるの姿をぼけっと見送った後、面堂がハッと気づいてラムに駆け寄った。
「ラムさん、大丈夫ですか?!」
ラムはまだ床に座り込んだまま。
面堂がラムの両肩を軽く揺さぶった。
しのぶやパーマ、カクガリ、チビも集まってきた。
「ラム、しっかりしてよ。」
しのぶがラムの頬にひたひたと手を当てた。
「あ…」
ラムが小声を発して、その目に光が戻った。
「うち…、」
「やっぱりキスシーンなんて緊張した?」
しのぶの問いかけに左右に首を振った。
「緊張っていうか…そうじゃなくって…」
「まさか諸星の奴に、何かイヤらしいことでも?」
心配そうに尋ねる面堂の手にはいつの間にか愛刀が握られている。
「目が…ダーリンの目が、うちの目を見てくれて…それがうち、もう…」
そこまで言ってラムは再び真っ赤に染まった顔を両手で覆う。
「…嬉しくて、恥しくて、夢みたいで、信じられなくて…それに胸が一杯になって、力が抜けちゃって、
うち、もう…どうしよう…あぁ…、まだ心臓がドキドキいってるっちゃ…。」
それだけ言うのがやっとで、ラムはまた夢の世界へ入ってしまう。




教室を後にして、あたるは早足で目的地へと向かった。
トイレの前で止まると、木のドアを足で蹴って開ける。
中には誰もいなかった。
手洗い場の水道の蛇口を思い切りひねって水を最大限に流す。
あたるは身を屈めてその水を頭から被った。
頭の上から水が流れ落ちてくる。
その冷たさで、体の中の熱がさあっと冷めていった。
「……だ…………い……だ…」
ぼそぼそと自分に言い聞かせるように何かを呟く。
ようやく言葉を言い終えて水を止める。
手洗い場の白いタイルに両手をついて俯いたまま、はぁ、と一つ、大きく息を吐いた。


(8)に続く

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